
結婚は、しても、しなくてもストレス?
ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』
悩めるMORE読者世代の女性たちに贈る、ブレイディみかこさんからのメッセージ。「がんばったのにまだ週の半分……」とため息が出そうな水曜日の私たちを、言葉と共に解放してくれるエッセイ連載です。
「先輩マジック」にかかって結婚してみたものの……?

先日のモア世代の女性たちとの座談会で、いつになく結婚の話題がたくさん出た。参加者はみんな20代後半だったが、Mさんはすでに結婚していて、Tさんは一緒に住んで婚約まで考えた相手がいたけど、破局してしまったという。
以前、同じ会社に勤めていた30代の男性と結婚したMさんは「先輩マジック」にやられたと言った。
「当時は、頼りになるし素敵な人だなと思い、自分からアタックしたんですけど、『先輩マジック』のフィルターは永遠にかかっているわけではないですから……」
ため息をついたMさんは、こんなことも言った。
「同棲して一年後に結婚したんですけど、『一緒に暮らしているのに、わざわざ結婚する意味があるのかな?』と考えました。でも、相手はけっこう年上だし、結婚したかったみたいで。なんかこう、キャピキャピ感ではなく、そろそろ感で結婚したみたいなんですよね……」
Tさんは逆に、相手としばらく一緒に住んだからこそ結婚しなかったらしい。
「長く一緒に暮らすと、小さなズレが積み重なって、ああ、この人じゃないなって。たとえば、友人づきあいの部分でも、彼は結婚してもそれを犠牲にしたくないタイプで、私は結婚すれば違ってくるでしょと思っていた。それに、私の親が結婚には懐疑的だったんですよね。『彼は自分が一番大切な人だから、苦労すると思うよ』って」
確かに、一緒に暮らせば恋愛の幻想フィルターも取れてしまうし、家族や友人だって相手とつきあうことになる。そうなると、周囲の人たちもそれとなく相手に対する意見を言うようになるだろうから、想いのままに突っ走るタイプの結婚はできなくなる。
承認要求よりも、自分だけの幸福を大切にしよう

ここまで黙って話を聞いていたシングルのSさんが、突然口を開いた。
「でも、そういう相手がいるだけでも羨ましいです。私は最近、友人や知人の結婚発表を素直に喜べないんですよね‥‥‥。指輪の箱を写して、ブランドの名前が見えるようにSNSに写真をあげている人がいたりすると、それだけでモヤっとする。結婚すると、そういうストレスからは解放されそうですよね」
この言葉を聞き、私は既婚者のMさんに尋ねてみた。
「結婚して、そういうストレスから解き放たれた?」
「それはないです」
きっぱりとMさんは否定する。
「私も友人の結婚報告を見ると、幸福の絶頂って感じでいいなって思う。私はもっと醒めた感じの『そろそろ』婚だったから。早まったのかな、と思ったり‥‥‥」
「しても、しなくても、結婚ってストレスなんだね」
と言うと、全員が頷いた。
人生における決断には後悔はつきものだし、別の選択もあったんじゃないかと考える瞬間は誰にだってあるだろう。でも、ここで言及されているストレスは、それとは異質のものに感じられた。つまり、これは自分の人生がどうのというより、コンスタントに人と自分を比べることができる時代特有のストレスというか。
さて、例によって週の半ばの水曜日である。恋人に貰ったプレゼント(のブランド名が入った箱)とか、プロポーズされた高級レストランの写真とかを、ついSNSに投稿したくなっているあなた。それは自己承認欲求ならぬ、幸福承認欲求かもしれない。「いいね!」と幸福を承認されたら自らのストレスは癒えるかもしれないが、それによって誰かにストレスをお裾分けしている可能性もある。
年を取るとわかってくるけど、本当に幸福な瞬間って、拡散する必要がないというか、自分だけでときどき眺めて微笑したくなるような、大事なジュエリー・ボックスに入れた宝石みたいなものだ。むしろ、水曜日は心のジュエリー・ボックスを開けて、部屋で一人ニマニマする日にしたい。承認されなくていい幸福ほど、ストレスに効くものはないから。
PROFILE
ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数
イラスト/Aki Ishibashi