ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』

がんばったのにまだ週の半分……。ため息が出そうな水曜日のあなたを解放するエッセイ連載。

vol.06 不安の特効薬

ブレイディみかこさん連載『心を溶かす、水曜日』
MORE読者世代の方々との座談会で耳にしたことを、ずっと考え続けている。

Iさんが、「これから先のことを考え始めると、どうしようもなく不安で、怖くなって眠れなくなります」と言ったのだ。

無理もない。ここのところ、世の中はちょっと動乱しすぎだ。終わったかと思えばまた広がるコロナ感染。いっこうに終わらない海の向こうの戦争や異常気象や災害、止まらない円安……。

ふだんは仕事や人づきあいで忙しくしているので忘れているけれど、一人きりの夜になると、考え込んでしまうのだろう。少子高齢化で若者の負担は増える一方とか、日本は衰退しているとか、暗いことばかりが耳に入ってくる。そんな時代にもっと楽天的になれというほうが難しいかもしれないのが現実だ。

だけど、不安の原因はほかにもあるんじゃないだろうか、とも思えてくる。

たとえば、最近、読んだ本に、映画を早送りして見る人が増えていて、ネタバレサイトや考察サイトで結末を知ってから見る人が多いと書かれていた。連続ドラマでも、途中のエピソードを飛ばして最終話だけ見る人もけっこういるらしい。

早く結末が知りたい、結末を知ってから中身を楽しみたい。そんな欲望を持つ人が増えているそうだ。結末がわかったほうが安心して見られるからだという。ハッピーエンドになるとわかっていればハラハラしないですむし、主人公は亡くなるとわかっていれば死ぬシーンで衝撃を受けずにすむ。先にどうなるのかわかっていれば、感情に負担をかけずに作品を見ることができるのだ。

だけど、人生の結末を前もって知ることはできない。いまはハッピーそうな人だって、いつ状況が一転するかわからないし、逆境に苦しんでいる人が5年後には幸福の絶頂に立って笑っている可能性だってある。生きるということは、いつだって予想できない不確定性のなかで進んでいくことだからだ。

たぶん、何でも先回りして知ることが可能になり過ぎたのかもしれない。外食ひとつにしたって、お店の写真やメニューの内容、何がおいしいかという情報までインターネットでゲットできる。みんな、8割ぐらいはうまくいくだろうと知っていてレストランに向かうのだ。

でも、だからこそ、失敗したときの衝撃は大きい。こんなはずじゃなかった、と動揺するからだ。一方、ネットに情報があふれていなかった時代は、実際に入って、料理を食べてみるまではそこがおいしいお店かどうかわからなかった。初めてレストランに入るときは、いつだってちょっとしたギャンブルだった。だから失敗したときの衝撃もたいしたことはなく、笑い飛ばすことさえできた。先回りして情報を集めることができなかったから、失敗への耐性があったのだ。先がわからないということは、不安要素というより、当たり前のことだったから。

さて、またもや水曜日がやってきた。慌ただしい月曜、火曜を走り抜けると、体は平気でも、心が少々疲れてくる。そのせいでよけいに不安が高まり、眠れなくなることもあるかもしれない。そんな夜には自分に問いかけてみよう。わたしは先回りして結末を知りたがっているのではないだろうかと。結末さえわかれば、そこを到着点にレールを敷き、安心して乗っていけるのにと。

でも、人生の結末は死ぬまでわからない。わからないのだからレールの敷きようもない(ちなみに、わかったふりをしてあなたのためにレールを敷こうとする人たちはみんな間違っている)。

結末が決まってないということは、見方を変えれば、自分次第でどうにでも変えられるということだ。あなたは自由。その自由をハーブティーに混ぜて味わってから、ベッドに入ろう。明日は木曜日。週末が手の届くところまでやってきた。

PROFILE

ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数
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イラスト/Aki Ishibashi  ※MORE2022年12月号掲載