2022年4月17日から4月30日のSUGARの12星座占い
[目次]
  1. 【SUGARさんの12星座占い】<4/17~4/30>の12星座全体の運勢は?
  2. 【SUGARさんの12星座占い】12星座別の運勢
    1. 《牡羊座(おひつじ座)》
    2. 《牡牛座(おうし座)》
    3. 《双子座(ふたご座)》
    4. 《蟹座(かに座)》
    5. 《獅子座(しし座)》
    6. 《乙女座(おとめ座)》
    7. 《天秤座(てんびん座)》
    8. 《蠍座(さそり座)》
    9. 《射手座(いて座)》
    10. 《山羊座(やぎ座)》
    11. 《水瓶座(みずがめ座)》
    12. 《魚座(うお座)》

【SUGARさんの12星座占い】<4/17~4/30>の12星座全体の運勢は?

「うさんくさいものの中に本質は隠されている」 

すでに季節は春から初夏へと変わりつつありますが、そうした地上の移り変わりを決定づけるかのように、天上の世界でも4月17日には冥王星を強く巻き込む形でてんびん座の満月を迎えていきます。 

前回の記事ではこの満月を太陽と月の観点から「(今自分が演じている)人生というお芝居を客観視していくこと」がテーマと言及しましたが、今回は改めて冥王星に着目してこの満月のタイミングにどんなことが焦点となるのか、改めて触れていきたいと思います。 

というのも、太陽と月はそれぞれ人間の意識と無意識、公的生活と私生活、自信に充ち溢れた大人としての自分と子供の頃から変わらない素顔の自分とを表し、満月の時期というのは日ごろ抑え込んでいる月の側面、すなわち無意識や本能的衝動が勢いを増して表に現れてきやすいタイミングとされていますが、今回はそうした満月のエネルギーが「根源的な変容」を司る冥王星へと一気に注ぎこまれていくのです。 

17日の満月時において、冥王星はやぎ座28度(数えで29度)にあり、サビアンシンボルは「紅茶占いをしている(飲み終わった後のティーカップに残った茶殻で運勢を見ていく)女性」となります。 

これはあらゆるものの中に深い現実のサインを見出す透視者(クレヤボランス)の能力や、自分が生きている世界を“外”から見つめ直すための通過儀礼を象徴しているのですが、冥王星は嫉妬や憎悪といった暗くネガティブな感情がうごめく心の奥底の「闇の世界」を象徴する惑星でもありますから、今回の満月では多くの人が自分がどうしても囚われてしまう執着を見つめ直していくことになるかも知れません。 

ただ、冥王星は個人の無意識というより、世代的な傾向や長期的な潮流を表しますから、 個人的な人生史をいたずらに掘り返そうとするよりは、普段なら意識することもないような古い歴史や過去の出来事などに意識のベクトルを向けつつ、本当に大切な思いやこだわりを改めて探してみたり、時代精神の底に流れている気分のようなものを感じ取っていくことで、常識とされている現実への視点を調整してみるといいでしょう。 

《牡羊座(おひつじ座)》(3/21〜4/19)

今期のおひつじ座のキーワードは、「無常識」。

牡羊座のイラスト
本格的なコロナ禍に突入して既に丸2年が経過し、テレワークやマスクの着用など、いわゆる「ニューノーマル」と呼ばれる新しい生活様式が当たり前のように浸透しています。しかし、そうした変化は私たちひとりひとりが確かな決意や考えに考え抜いた末の決断によって自主的にもたらされたものというより、そうするのが当然であり、もはや“常識”だからという理由で、いつの間にか受け入れさせられてきたようにも思えます。 
 
もちろん、社会における制度や置かれている状況がものすごいスピードで変化していく現代では、ひとえに“常識”といってもその中身は非常に曖昧であり、一概に定義できるものではありませんが、だからこそ「これが常識だから」という言辞を巧妙に利用して、あるいは、一部の人々が利益を独占するような「合法であっても非常識」な仕方で、私たちは自分以外の誰かにとって都合のいいように動かされ、操作されてきた可能性が高いのではないでしょうか。 
 
そうした可能性を検証する上で、ランドスケープアーティストで研究者のハナムラチカヒロは『まなざしの革命』のなかで、「常識とは何なのか」と問うのではなく、「常識はどのように生まれるのか」、そして「常識はどこにあるのか」という形に問いかけ変えてみることを提案しています。 
 
すると、“常識”というのは自分の感覚や思考を通して徐々に形作られるものである一方で、外部から情報を繰り返し与えられ、教育されることであっという間に形成されるものでもあり、特に後者のプロセスが悪用されやすいものであることが分かってきます。そして実際、「法治国家が資本主義経済と合わさる中で」、あるいは「非常事態」の口実のもとで、私たちの基本的人権がどんどん制限されつつある現状がそうしたケースに当てはまる可能性はやはり極めて高いのだと言えます。 
 
ハナムラはこうした現状について、常識が通じない「非常事態」というよりもはや「異常事態」であると警告しつつも、発想を逆転させて次のようにも述べています。 
 
世界が大きく別の形に変わるタイミングには、これまで私たちが無意識にかけていた色眼鏡が外れる。(…)そんなときこそ既存の法に縛られない無法者、あるいは次のルールを生みだす革命家のように、勇気をもって自分のまなざしに革命を起こす機会だと私たちは捉えるべきかもしれない。(…)何が起こるか分からないこの世界では絶対的なものはなく、常に変化して「無常」に移ろうことだけが普遍的に正しいと言える。だから私たちは常識ではなく常に正しい認識はないという「無常識」こそ本来は拠り所にすべきだ。」 
 
4月17日におひつじ座から数えて「世間体」を意味する10番目のやぎ座の冥王星を巻き込む形で満月を迎える今期のあなたもまた、誰かの口にする「常識」よりも、それは間違っているかも知れないという自身の直感を大事にする「無常識」にこそ立ち返っていくべし。 
 
 
参考:ハナムラチカヒロ『まなざしの革命』(河出書房新社) 

《牡牛座(おうし座)》(4/20〜5/20)

今期のおうし座のキーワードは、「真実を声にのせて」。

牡牛座のイラスト
「戦争が終わるたびに/誰かが後片付けをしなければならない/物事がひとりでに/片づいてくれるわけではないのだから」 
 
昨今のウクライナ侵攻のニュースを連日見聞きしているなかで、ふとこの一節を思い出した。90年代にノーベル文学賞を受賞したポーランド出身の女性詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカの「終わりと始まり」という詩の冒頭部分だ。 
 
この詩は具体的な特定の戦争に即して書かれたものではないが、共産主義体制の崩壊、そしてその後の社会的混乱を背景に書かれたものであり、シンボルスカ自身いったんは共産党員になったこともあったものの、やがて政治活動から離れ、静かに自分の詩の言葉を磨き続けていったのだそうだ。先の冒頭につづく一節を引用しよう。 
 
誰かが瓦礫を道端に/押しやらねばならない/死体をいっぱい積んだ/荷車が通れるように 
(…)誰かが梁を運んで来なければならない/壁を支えるために/誰かが窓にガラスをはめ/ドアを戸口に据えつけなければならない」 
 
ここで私たちは遠い地の戦争に、3.11の近しい記憶を重ねることができよう。それがもたらした困難は、この詩に書かれた「荷車」をひく人を現在も必要としている。それは戦争と同様に途方もない困難だが、「終わり」のあとに「始まり」を置くタイトルの語順が示すように、シンボルスカは最終的に絶望で終わることを決してよしとしていない。 
 
誰かがほうきを持ったまま/いまだに昔のことを思い出す/誰かがもぎ取られなかった首を振り/うなずきながら聞いている/しかし、すぐそばではもう/退屈した人たちが/そわそわし始めるだろう 
 
誰かがときには/木の根元から/錆ついた論拠を掘り出し/ごみの山に運んでいくだろう 
 
それがどういうことだったのか/知っていた人たちは/少ししか知らない人たちに/場所を譲らなければならない そして/少しよりももっと少ししか知らない人たちに/最後にはほとんど何も知れない人たちに 
 
原因と結果を/覆って茂る草むらに/誰かが寝そべって/穂を噛みながら/霞に見とれなければならない」 
 
同様に、4月17日におうし座から数えて「希望」を意味する9番目のやぎ座の冥王星を巻き込む形で満月を迎える今期のあなたもまた、たとえゼロからでも自分の声をあげ、自分なりの詩を新たに書き続けていくということを改めて表明してみてはいかがだろうか。 
 
 
参考:ヴィスワヴァ・シンボルスカ、沼野充義訳『終わりと始まり』(未知谷) 

《双子座(ふたご座)》(5/21〜6/21)

今期のふたご座のキーワードは、「集合体としての“あなた”」。

ふたご座のイラスト
「世界に一つだけの花」という歌が流行ったこともあり、いつからかこの社会ではほかに一つとして同じものがないオンリーワンの個性を宿した“個人”というものが尊ばれ、そうであらねばならないし、そうなることができるのだと信じられてきた節があります。 
 
しかし、こうした自己へと投影される「私だけの」個性というイメージは、必然的に対となる他者へ投影される「あなただけの」魅力や、その関係性へ投影された「あなたでなければならない」運命といったイメージを現実にも要請するにいたって、実際のところ自分だけの問題で済んでいた時よりずっと決定的に破綻をきたしてきたのではないでしょうか。 
 
しかし、一方でそうした破綻はうまく転じさえすれば、一面的な相手像へ抱いていた個人的な欲望から脱し、他の誰かとも共有できる広がりを持った愛へと開かれるきっかけとなり、ひいては、どこでも切っても同じ「唯一無二のわたし」が出てくる金太郎飴のような気味の悪い「オンリーワン」信仰を成仏させていくきっかけにもなるのかもしれません。 
 
そんなふうに思えたのは、プルーストの『失われた時を求めて』のリレーエッセイ企画のうちのひとつであった小川公代さんの「可塑的な時間感覚と愛」のなかで、主人公である語り手が、関係が泥沼化していたアルベルチーヌという恋人の事故死の知らせを受けて以降、どのような心境の変化を辿ったかを巡って書かれた、次のような一節と出合ったから。 
 
彼の心を救ったのは、アルベルチーヌがじつは「唯一の存在」ではなく、「多くの部分、数多くのアルベルチーヌに分割されていた」という気づきであった。つまり、彼女という一個の人間は、「数多くの人間を含んでい」たことになる。」 
 
アルベルチーヌは生前からとある同性愛者と親しい関係にあり、語り手はその疑惑で苦しんでいたのですが、死後に彼の元へ届いた手紙や打ち明け話を見聞きし、自分でも疑惑の実際を具体的に想像していくうち、語り手は「突如として異性愛的な価値から解放され」、恋人を彼女と親しい関係にあった娘たちと共にひとつの「集合体として見なす想念」が広がっていったのだそうです。 
 
語り手がさほど苦しまなかったのは、おそらく「べつの知覚を持つがゆえにべつの欲望をいだ」いていたかつての彼が今では別のものを欲望するようになっているからだ。すなわち、同性愛を受け入れられなかった語り手は、アルベルチーヌの快楽のイメージを介して変化していったのだ。」 
 
同様に、4月17日にふたご座から数えて「変容」を意味する8番目のやぎ座の冥王星を巻き込む形で満月を迎えていく今期のあなたもまた、『失われた時を求めて』の語り手が引きずりこまれた、破綻と転調のはざまの領域に立たされていくことになるかも知れません。 
 
 
参考:小川公代「可塑的な時間感覚と愛」(『文藝春秋 2021年10月号』収容) 

《蟹座(かに座)》(6/22〜7/22)

今期のかに座のキーワードは、「自らを小説的に励ます」。

蟹座のイラスト
自分たちの日常を「非常事態」という言葉で表すことに抵抗がなくなってすでに久しい。そして、そうした想定外の状況に置かれたとき、しばしば人間がみずからを現実と拮抗させるために用いるのがフィクションだろう。 
 
例えば、村上春樹はアメリカの大学で戦後の日本文学をめぐる講義をまとめた『若い読者のための短編小説案内』のなかで、作家の丸谷才一について「反私小説的である」と言及した上で、その作品の特徴について次のように述べている。 
 
私小説というのは、自己を外界あるいは社会に対峙させることで、小説=反物語を成立させているわけですから。それとはまったく逆のことを、丸谷氏は小説家としてやっているわけです。他者を外界あるいは社会に対峙させることで、小説=物語を成立させている(この物語というのはstoryというよりは、感じとしてはむしろtaleに近いかもしれない)。そして他者と自己との、世界と物語との落差の中に(あるいは近似の中に)真実を読み取ろうとする。」 
 
つまり、ゼロから登場人物をつくって、それを“お話”のなかで生き生きと動かしてみせることで、それを語っている作者自身にある種の違和効果をもたらさんとする訳だ。 
 
村上は丸谷の『樹影譚』をとりあげ、この作品が①まず作者=丸谷が自己の世界を語り、②次に古屋という老小説家の作品や来歴をさも実際にそういう人物がいるかのように語った上で、③いよいよ古屋を主人公としたストーリーが始まっていくという3部構成になっていること、とりわけ②のパートこそが肝なのだと強調していく。ただその際、奇妙なことにそのいちばん大事な部分は「いちばん流れがつっかえている―言い換えればあまりうまく書かれていない」部分なのだとも指摘する。しかも作者はあえてそうしているのだと。 
 
僕は、作者はこのような作業によって、おそらく自らを小説的に励ましているのだと思います。もしこの部分になにかしら稚拙なもの、あるいは大人げないものが見受けられるとしたら、それらが作者にとって必要だったからでしょう。」 
 
ではこの「稚拙」さや「大人げ」なさとは一体何なのか。それは古屋という人物が象徴する非常にリアリスティックで整合性のとれた近代的思考につきまとう前近代的な影であり、非整合的で土着的な呪縛であり、丸谷はそれを作家としての不器用さとして作品に練り込みつつ、両者の葛藤とせめぎあいをフィクションとして展開させてみせたのだ。 
 
4月17日にかに座から数えて「他者」を意味する7番目のやぎ座の冥王星を巻き込む形で満月を迎えていく今期のあなたもまた、息苦しい現実とのあいだに隙間をあけるべく、みずからの稚拙さや大人げなさをある種の他人事とすると同時に、みずからが関わらざるを得ない相手や出来事として誰かに語ってみるといいだろう。 
 
 
参考:村上春樹『若い読者のための短編小説案内』(文春文庫) 

《獅子座(しし座)》(7/23〜8/22)

今期のしし座のキーワードは、「労働力≠商品」。

獅子座のイラスト
近代の日本人は節約と勤勉を重んじ、働くことが生きがいであるという、世界でもユニークな特性をもっていましたが、その一方で、21世紀になれば、IT技術の進歩やAIやロボットとの協働によって人間の労働時間は格段に短くなるだろうということも盛んに言われていました。 
 
それが今どうなっているか。サービス残業やワーキングプア、給与水準の低下など労働環境は以前よりむしろ過酷になっており、それと並行してニートやフリーランスが増加し、価値観は多様化の一途をたどっています。その意味で、日本は労働ということについてもう一度見直さなければならない時期にきているということなのでしょう。 
 
例えば、思想家のルドルフ・シュタイナーが今から100年以上も前の、1910年代半ばから終わりにかけてドイツで行った講演を収録した『職業のカルマと未来』では、すでに近代の労働者は経済的な現実のみが唯一の現実であると信じ始めているということが語られているのですが、ほかならぬ労働者が欲しているもののなかには、決して経済活動のみの結果としては現れないものがあるのだとも指摘しています。 
 
近代の生活のなかではっきりと語られないもの、賃金労働者もはっきりと語らないものでありながら、社会の意志の根本衝動としてあまりにも明かなものが形成されました。それは「近代の資本主義経済は、流通領域のなかで商品のみに関心を持っている。経済有機体における商品の価値形成に関心を持っている。そして、労働者が、“これは商品であってはならない”と感じているものが、近代の資本主義社会のなかで一つの商品になった。労働者は科学的にまなざしを経済活動にのみ向けているので、“これは商品だ”としか言えない」ということです。つまり、労働者みずからの労働力です。」 
 
つまり、労働者のなかに確かに存在する「労働力を商品とされることへの嫌悪感」こそが、近代の社会運動全体の根本衝動であり、それについて徹底的に語ることが出発点になるのだと言っている訳ですが、これは具体的には、「同胞のために働くということと、ある決まった収入を得るということは、相互に完全に分離された二つの事柄である」ということについて考えてみるとわかりやすいでしょう。 
 
後者は生活上の必要に関することであり、前者は本人の才能や技術の創造的な発揮、ないし生きがいや生き様に関係する事柄ですが、現状の社会においては、職業やポストによって所得や報酬が決まることが一般的であり、両者が労働環境において混同されてしまうことで、生きがいや生き様が著しく制限されたり、自分の生きがいや生き様に露骨な優劣の判定をみずから内在化してしまい、それが結果として嫌悪感の原因となっているのです。 
 
4月17日にしし座から数えて「労働」を意味する6番目のやぎ座の冥王星を巻き込む形で満月を迎えていく今期のあなたもまた、自身の場合、いつどんなときに嫌悪感を覚えるのか、そしてそれが何に起因しているのか、改めて考えてみるといいでしょう。 
 
 
参考:ルドルフ・シュタイナー、西川隆範『職業のカルマと未来』(風濤社) 

《乙女座(おとめ座)》(8/23〜9/22)

今期のおとめ座のキーワードは、「言葉が語るのを聞く」。

乙女座のイラスト
コロナ禍を通じて「誰かと直接話す」ということがいかに貴重で、ありがたい体験なのかということを改めて痛感した人も多かったのではないかと思いますが、これは2010年代に入って以降、出会い系アプリやSNSなど、さまざまなコミュニケーションツールが格段に発達したことによって、どうしても一つ一つのやり取りや言葉が軽くなっていたことへの反動という側面もあったのではないでしょうか。 
 
その意味で、いま私たちは言葉やコミュニケーションの重さや価値を取り戻す過程にいるのだとも言える訳ですが、それは言い換えれば、どうしたら言葉をただのものごとを外から指す記号や駆け引きのための道具を超えた次元に引き揚げ、そこで本当のリアリティに触れられるか、一種の永遠性を宿すことができるかという問題でもあるはずです。 
 
そして、そういう言葉の性質を私たちにいちばんよく教えてくれるのは、普通の話し言葉や散文的なものより詩的言語であるのではないでしょうか。その点について例えば、哲学者の池田晶子と、仏教僧であり俳人でもある大峯顕は、ふたりの対談『君自身に還れ』の中で、詩を持っている書き手とそうでない書き手との差がどこにあるのかという観点から、次のように語っています。 
 
池田 言葉は自分で書いてはだめなんです。言葉をして語らしめないと、絶対いいもの書けません。 
大峯 だから、言葉が語るということが根本です。人間が言葉が語るのを聞くことによってはじめて語ることができる。 
池田 哲学の場合でも、すぐに言葉が来るということではなくて、それは必ず思索の過程を経ますけれど、思索の過程が正しく経られているのであれば、やってくる言葉はだいたい誰でも同じような言葉が出てくるはずです。 
大峯 ぼくなんか自分の詩作の経験を反省してみても、いつもいつも言葉に襲われるわけではないんですよ。そういう場合はやはり稀です。芭蕉でも、一生にそんな句が十句もできたら、それは名人だと言っています。一生にですよ。(…)詩人と言われている人でも、いつも言葉が彼をとらえるということはない。人間の分別が入るとダメになるわけですね。(…)ただ皆そう思うけど、なかなか実行できない。 
池田 (…)それは、神々と人間の間に漂っている状態だと思いますよ。我々のある種の意識が、そういう識域というか、そういうところに漂っているとあるときふっとやってくるんです。 
大峯 そう。宇宙と話をする。」 
 
4月17日におとめ座から数えて「感動」を意味する5番目のやぎ座の冥王星を巻き込む形で満月を迎えていく今期のあなたもまた、言葉によって本当に心が動かされた瞬間の不思議さということにもう一度立ち返って、みずからの言葉の使い方を改めてみるといいでしょう。 
 
 
参考:池田晶子、大峯顕『君自身に還れ』(本願寺出版社) 

《天秤座(てんびん座)》(9/23〜10/23)

今期のてんびん座のキーワードは、「不揃いな道具たち」。

天秤座のイラスト
近年、ビッグデータ、AIなどをフル活用した新しい社会の形成が進んでいますが、その基本理念となるのが、2016年に日本政府において閣議決定された第五期科学技術基本計画で掲げられた「Society 5.0」であり、そこで目指すべき社会像として表現された「超スマート社会」というものです。 
 
つまり、私たちの社会はさらなる便利さを追い求め「超スマート」になるべきだと考えられているということであり、実際に日本政府はそのための技術開発に巨額の投資を行って、「超スマート社会」実現を着々と進行させている訳ですが、ライフスタイルが高度な電子機器がつくりだす複雑なシステムによって規定されていく流れは私たちにどのような事態をもたらすのでしょうか。 
 
例えば哲学者の戸谷洋志は『スマートな悪』において、ナチスを例に挙げ当時ユダヤ人の虐殺に加担した人びとはまともな良心を持たない人でなしだったのではなく、「まるでスマートフォンのシステムが自動的にアップデートされるように、良心を自動的に更新されてしまった」のだと指摘し、こうした悪への抵抗力を持てなくさせる「悪の陳腐さ」が拡大・再生産され、ますます強化されていく流れこそ、「最適化を至上の原理とする社会」において直面することになるだろう事態の一つなのだと警告しています。 
 
そのとき人間は、積極的かつ自発的にシステムの「歯車」になろうとする。自分をシステムが要求するもっとも望ましい歯車へと最適化しようとするのである。」 
 
とはいえ、現実的にはテクノロジーの発展のいっさいを唐突に止めることはできませんから、どこでテクノロジーと人間との関わりを線引きしてしていくかということが焦点になってくる訳です。戸谷はそこで20世紀の思想家イヴァン・イリイチの「自立共生社会」という構想を参考に、「人びとがそれぞれのライフスタイルに合った道具を使い、自分の道具を自由にカスタマイズ」することこそが、超スマート社会において人間が複雑な産業システムの歯車にならないための鍵になるのではないかとも述べています。 
 
不揃いの道具を手にした人びとが、必要に応じて互いを補い合い、助け合う。そうしたあるべき未来を実現させていくためには、したがって人びとがみずからのライフスタイルを自分の手で作りあげていこうというある種のDIY精神が大切になってきます。そして、その大前提として、自分が何を食べ、いかに住まい、日々どう振る舞っていくことが心地いいのかをよく知り、何よりそうして何気ないことで心地よさを感じている自分と仲良くできる能力がますます必要不可欠となってくるはず。 
 
その意味で、4月17日にてんびん座から数えて「暮らしの心地よさ」を意味する4番目のやぎ座の冥王星を巻き込む形で満月を迎えていく今期のあなたもまた、みずからの理想の道具を思い描きつつ、まずは自分と仲良くするための孤独な時間を大切にしていくべし。 
 
 
参考:戸谷洋志『スマートな悪』(講談社) 

《蠍座(さそり座)》(10/24〜11/22)

今期のさそり座のキーワードは、「生きる力の丸薬」。

蠍座のイラスト
誰にだって断ち切りたい過去のひとつやふたつはあるものですが、わが国にはそうした断ち切りがたい過去を断ち切るための伝統芸能として「辞世の句」というものがしばしば詠まれてきました。 
 
そこでは切腹を目前とした武士が、みずからの確実な死を前にした心境を伝えるべく、どこか厳粛なものとして辞世の句を詠んできたわけです。ところが、1997年に蝸牛社という出版社から刊行された『一億人のための辞世の句』では、「日常の連続の中の辞世の句」「楽しい辞世句」ということを強調し、実際に広く一般に辞世句を公募して集まったものから選りすぐりの句が収録され、そこには「この世からあの世へぬるり心太(ところてん)」(山嵜泰正 60歳)だとか、「珍獣になって四月の唄にのる」(浜田佳奈 21歳)といった実に軽快なユーモアがそこかしこに読み取られました。 
 
そこでは確かにそれぞれが自分の死というものを見つめたり、自分がいなくなった世界を想像しつつも、そんな自分や世界をどこかクスっと笑っているような気配が漂っており、過去の遺物であった辞世句の新しい可能性が示されているように感じたのです。しかし、どうしてこんなことが可能になったのか。俳人の坪内稔典は「あとがき」に次のように書いています。 
 
辞世句を<楽しい>と表現するのは変かもしれないが、俳句には深刻なことでも軽くはっきりと表現する力がある。(…)この力のために辞世句におのずとユーモアやゆとりが漂う。そしてそれられは私たちの生きる力になる。辞世句は生きる力の丸薬だ。」 
 
この力の源は俳句形式の短さにある。俳句の短さは感傷や詠嘆を許さない。(中略)俳句形式の短さはは、そのような気分の持続に向かず、気分を瞬間的に表現してしまう。その表現は露出というか、剥き出しというか、ともかく一種暴力的だ、突発的だ。」 
 
喜劇王のチャップリンはかつて「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇だ」と言いましたが、俳句の形式を借りた辞世句というのも、いつも間近すぎて意識できない自分の人生を、思いきって遠くへ押しやってみることで得られた一瞬の光景であり、その時どきの人生に付けられたエンドロールの一幕のようなものなのかも知れません。 
 
ちなみに坪内さんは、あとがきを書いた年の春に詠んだ「たんぽぽのぽぽの部分が火事ですよ」という句を今のところの辞世の句としたそうですが、あなたならばどんな句を詠むでしょうか。 
 
4月17日にさそり座から数えて「自己発信」を意味する3番目のやぎ座の冥王星を巻き込む形で満月を迎えていく今期のあなたもまた、自分のこの世への執着を見つめ直す意味でも、ユーモアを忘れずに辞世句を詠んでみるといいでしょう。 
 
 
参考:坪内稔典・選著『一億人のための辞世の句』(展望社) 

《射手座(いて座)》(11/23〜12/21)

今期のいて座のキーワードは、「内なる野生」。

射手座のイラスト
1994年に公開された高畑勲監督の『平成狸合戦ぽんぽこ』では、1970年代に里山を切り崩すことで次々と開発されていった多摩ニュータウンを舞台に、狸たちはその抵抗もむなしく最終的には人間との戦いに敗れるという結末が描かされていました。しかし里山という自然を守ろうとした狸たちはそこで絶滅した訳ではなく、それぞれに人間に変身しては姿をくらまし、生き延びることを選んだのでした。 
 
もし、この映画の続編である「令和狸合戦」を描くとするなら、行方をくらました狸たちは現代という時代において一体どんな風に化けており、またいかなる仕方で“内なる野生”を保持して、人間との戦いに備えているのでしょうか。 
 
考えられる方法のひとつとして、「人間対自然」という構図そのものを無効化し、人間を自然の側に取り込むべく、いわゆる「異類婚姻譚」的なストーリーをできるだけ多数の人間が見聞きするような情報に流し込み、それに日常的に繰り返し見聞きさせるという作戦が考えられます。 
 
というのも、民俗学者の赤坂憲雄の『性食考』によれば、馬と娘が結ばれる「おしら様」や「鶴女房」など、もともと日本の異類婚姻譚(いるいこんいんたん)というのは西洋の昔話よりも、エスキモーやパプアニューギニアなどの自然民族の民話に近く、「異類」という言葉のニュアンスほど人間と動物との区別が徹底していないのだそうです。 
 
エスキモーの古老の言葉を借りて言うなら、「生き物はみな人間の姿と形になることができる」のであり、そうした世界では「(人間は)自然のなかの一部であり、動物の一種である」という人間観が通底している。その意味で赤坂は「異類婚姻譚」とはやはり、すでに失われた人間と動物たちとの「原初の連帯」を回復するための、ささやかな文化的仕掛けだったのかもしれない」とまで述べています。 
 
ここでふと思い出されるのが、『ドラえもん』のテレビアニメが放映開始されたのが1973年であったという事実です。考えてみれば「未来からきた猫型ロボット」であるはずのドラえもんという存在を、アニメ内の誰もがごく当たり前のように受け入れており、さらに言えば、そうした内容のアニメが国民的な人気を博して、約50年後の現代においても多くの日本人がドラえもんに親しみを感じているという現実は、先に述べた作戦がまんまと成功をおさめた好例と言えるのではないでしょうか。 
 
その意味で、4月17日にいて座から数えて「本能的衝動」を意味する2番目のやぎ座の冥王星を巻き込む形で満月を迎えていく今期のあなたもまた、みずからの意識の深いレベルにすでに浸透しているそうした「内なる野生」を改めて呼び覚ましていくにはもってこいのタイミングと言えるでしょう。 
 
 
参考:赤坂憲雄『性食考』(岩波書店) 

《山羊座(やぎ座)》(12/22〜1/19)

今期のやぎ座のキーワードは、「聖なる無用性」。

山羊座のイラスト
さまざまなチャンネルを通じて、「返答しなければならない連絡」や「自分と比較するべき他者」、「乗り遅れてはならない時流」などに関する情報がどこまでも追いすがってはこちらの肩を叩いてくる現代においては、みずからの精神をまったき沈黙のなかに置いておくことは至難の業といっても過言ではありません。 
 
もちろん、沈黙とは現代社会において利用価値なき唯一の現象といってもいいですから、自分の生活が沈黙と無縁であってもべつに困ることはないと言う人がほとんどでしょう。 

しかし、そうした沈黙ということの「非生産性」や「無目的的な無益さ」こそが、沈黙という現象の他に類を見ない独自性に他ならないのです。 
 
というのも、単なる風であれ土であれ、現代においてはほとんどあらゆるものが「役に立つ」価値の源泉として見なされ、さながらブラックホールのように「効用の世界」に呑みこまれており、天地のあいだでそうした併合から逃れ得ているものはほとんど存在せず、その唯一の例外こそが沈黙なのだとも言えるから。 
 
したがって、沈黙とは単に言葉の消失のあとに取り残された見すぼらしい残骸などではなく、それ自体がきわめて積極的な事態でなのであり、沈黙が現れるや、この世のあらゆる状況や局面へと浸透している目的追求的な流れがせき止められ、そうした流れによって搾取され略奪された諸事物の傷や痛みはやわらいでいくのです。 
 
スイスの医師で著述家のマックス・ピカートは、こうした沈黙の積極性や能動性について語られた古典的作品である『沈黙の世界』のなかで次のように述べています。 
 
沈黙のなかには、あの聖なる荒野がある。何故といって、荒野は神の造営そのままのものだからである。法則によって秩序づけられなければならないようないかなる運動も、ここにはない。沈黙においては、存在と作用とは一体をなしているのである。それは、たとえて言えば、ひとつの星の全軌道が一挙にただ一つの光のなかに集約されているかのようなのだ。―そのように、沈黙においては存在と作用とが一つに融合しているのである。」 
 
そう、人間の言葉が差しはさまれない沈黙とは、人間を超えた大いなる存在の臨在を感じるための唯一の契機であり、人間はそうした「沈黙の世界」とのつながりを通じて初めて、「もろもろの事物のなかに宿されている神的なるものの痕跡」を確かに目で追うことができるようになるのかも知れません。 
 
4月17日に、自分自身の星座であるやぎ座の冥王星を巻き込む形で満月を迎えていく今期のあなたもまた、そうした積極的な行為としての沈黙を、できるだけ自身の活動の本丸にもたらしてみるといいでしょう。 
 
 
参考:ピカート、佐野利勝訳『沈黙の世界』(みすず書房) 

《水瓶座(みずがめ座)》(1/20〜2/18)

今期のみずがめ座のキーワードは、「夢の民主化」。

水瓶座のイラスト
今回のようなコロナ禍の時というのは、「占い師は儲け時だろう」などということを一度や二度は言われるのですが、少なくとも筆者のまわりでは実際のところ平常時とあまり変わりありません。 
 
これはあくまで一つの仮説なのですが、社会不安が強まってくる時というのは、自然と占い師が増えるだけでなく、誰しもが占い師的な側面を持つようになったり、占い師的な行為をするようになるのではないでしょうか。 
 
つまり、実際に占いの勉強を始めて占い師になるというだけでなく、iPodに入っている曲をシャッフルして最初に流れた曲を自分の問いかけに対する答えとして見立ててみたり、夜に見た夢の解釈をネットや本などでいつも念入りに調べたり、神社のおみくじを真剣に眺めたりといった、合理的な判断以外のところからの情報をみずからの判断に盛り込もうとする度合がそれぞれの仕方で少しずつ強まっている、ということは十分ありえると思うのです。 
 
とはいえ、何か確かなエビデンスや数字的な裏打ちがあって言っている訳ではないのですが、地震大国である日本人は長らく自然と近いところで生きてきた民族であり、そうした類例と見なせるような事象は歴史的にも見出すことができるはず。 
 
例えば、精神科医の新宮一成は『メディアと無意識』のなかで、やはり災害や疫病、飢饉などが多発していた中世日本社会においては、人びとが自分の見た夢を他者と共有したり、言及しあう情報空間が構築されていたのだと述べています。 
 
古代の「夢見る王」とちがって、中世ではこのような大切な夢のメッセージを受信したのが西京の住人と伝えられているだけで、いったいどこの誰なのかわからないことが多い。とりたてて特別な存在というわけではない、まったくただの人がこのように重要な情報を受信する主体となっている。」 
 
中世では誰もが夢を見ることができた。それも、疫神や賀茂大明神のような絶大な力をもつものからのメッセージが、ただの西京の住人や仁和寺あたりの女の夢として受信される。夢を見ることが特権的な王によって独占されていた古代からみれば、「夢の民主化」とでもいえそうな現象が、中世では起きている。」 
 
4月17日にみずがめ座から数えて「集合的無意識」を意味する12番目のやぎ座の冥王星を巻き込む形で満月を迎えていく今期のあなたもまた、自然と現代における「夢の民主化」の一端を担うような受信を自分でも気付かないところで行っているかも知れません。 
 
 
参考:新宮一成『メディアと無意識』(弘文堂) 

《魚座(うお座)》(2/19〜3/20)

今期のうお座のキーワードは、「神聖かつ汚辱な無縁」。

魚座のイラスト
先日、“新型コロナウイルスの影響により、一昨年と去年の2年間で、国内の結婚の件数が合わせておよそ11万件少なくなった可能性がある”という記事を見たのですが、実際、身の周りでも「コロナ離婚」に向けた相談を進めているという話が増えたように感じる一方で、20代・30代の独身者などの若年層を中心に、むしろ結婚に対する関心は高まっており、婚活市場のにぎわいの中で「コロナ婚」にいたるケースも少なくないという話も聞きます。 
 
いずれの傾向が実際のところ強まっているのかはともかく、こうした「縁結び」や「縁切り」といった営みが人間社会にとってきわめて本質的かつ普遍的な振る舞いである以上、たとえ法的には認められていないものであったとしても、これまで固定的だった縁が今回のコロナ禍で一気に流動化したことは間違いないように思われます。 
 
そしてここで思い出されるのが、歴史学者の網野善彦がしばしば言及した「無縁の原理」であり、人間社会の動きを「有縁」つまり「縁が結ばれるめでたさ」の面からのみを見ることは不適切であり、「無縁」とともに縁を捉え、その相互作用を見なければならないという考え方です。 
 
つまり、縁結びの操作の集積が有縁の世界を構成する一方、縁切りの集積が無縁の世界を生みだしていく訳ですが、ここで大事なのは、各個人が縁結びと縁切りとを自由に行使することができるならば、両者は分離しないということでした(網野はこれを具体的な内容を伴わない純粋な神聖領域としての「原無縁」と呼んだ)。 
 
すなわち、縁のなかにはどうしても切れないものがあり、その縁を切ると一緒に多くの縁が切れてしまうような事態が生じる。そうすると、「原無縁」から無縁と有縁とが分離し、両者の独自の世界を構成するようになる。有縁の世界が「世俗」を志向するのに対して、無縁の世界は「神聖」あるいは「汚穢」である。宗教は本来、この無縁の世界の析出を代表するものであった。そうした「非世俗性」こそが人間社会の作動を支えている、というより、それなしに人類社会は作動し得ない、と網野は考えていたのです。 
 
その意味では、現代においてはあからさまな宗教というフィルターを通さない形をとりつつ、「コロナ離婚」を機に個人においてさまざまな仕方での無縁の世界への志向が試みられているのかも知れません。 
 
同様に、4月17日にうお座から数えて「無縁」を意味する11番目のやぎ座の冥王星を巻き込む形で満月を迎えていく今期のあなたもまた、自分なりの仕方で非世俗的な世界を展開しつつあるのだと言えるでしょう。 
 
 
参考:網野善彦『無縁・公界・楽』(平凡社ライブラリー) 
<プロフィール>
慶應義塾大学哲学科卒。卒業後は某ベンチャーにて営業職を経て、現在西洋占星術師として活躍。英国占星術協会所属。古代哲学の研究を基礎とし、独自にカスタマイズした緻密かつ論理的なリーディングが持ち味。



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