
【名古屋】“錺金具”の家業を守る女性の覚悟とは。自信が手がけるアクセサリーブランドも【前編】
MORE編集部
日本全国「It girlの履歴書」- 愛知県名古屋市
仏具や神具、祭礼具に用いられる装飾金具を作製する『ノヨリ』の錺金具師・野依祐月さん。1610年の名古屋城築城以来、名古屋市を中心に製造されている伝統的工芸品「尾張仏具」。その技術を磨きつつ、華やかでスタイリッシュな現代ジュエリーの創作にも取り組む彼女の見据える先とは。【前編】をお届けします。
伝統的工芸品「尾張仏具」錺(かざり)金具師 野依祐月(のよりゆづき)さん

エプロンには父娘合作の魚のピンズが光る。アクセサリーブランド『nanako』の作品
⚫︎ History ⚫︎
1991
愛知県名古屋市生まれ
2013
中京大学体育学部卒業
2016
服飾メーカーに就職
2021
『ノヨリ』3代目を後継すべく錺金具師になる
2022
日本宝飾クラフト学院名古屋校入学(在学中)
2023
日本ジュエリーアカデミー入学(在学中)
「Otonami AWARD 2023」受賞
#Work
“芳しく飾る”という意味を持つ錺金具の技術だけでなく、鍛金・七宝などさまざまな技術を学んで。

“錺(かざり)金具”とは、お寺や神輿などを華やかに彩っている装飾金具のこと。金属板を叩いて成形する錺金具は、伝統的な手仕事。その技術を守り磨きつつ、新たな可能性を広げているのが、名古屋市にある工房『ノヨリ』だ。熟練職人による手作業をはじめ、3D CADやNC彫刻機なども導入し錺金具に新風を吹き込んでいる。野依祐月さんは3年前に家業であるこの世界に飛び込んだ。
「お城や神社仏閣の装飾金具から、ふすまの引き手まで、幅広い錺金具を手がけています。名古屋城本丸御殿の復元工事にも、うちの職人が参加しているんです」

直径30cmほどもある竜の額。金属板を裏から何度も叩いてふくらませている。竜のひげやうろこの複雑な立体感とほとばしる躍動感は熟練のなせる技

錺職人の命・鏨(たがね)。「今や日本で唯一である鏨職人さんにオーダーメイドで作ってもらいます。昔は何人もいたのですが」
3000種類以上ある鏨(たがね)の文様を使い分け、金属を打つ・彫る・削るといった工程を何度も繰り返す。技術はもちろん根気や集中力もいる仕事だ。職人が手塩にかけて仕上げた作品は、目を見張るほど美しい。
「仕事の流れを理解するまでに10年かかると言われています」

錺金具の完成品
「作りたい」という想いがある限りこの仕事に終わりはありません
古来、職人たちは伊勢神宮の遷宮(現在の場所の隣に同じ宮を建て、神様をお遷しする行事)を通じて20年に一度、技術が伝承されてきたという。しかし、時代とともに職人の数も減っている。
「祖父母・両親・私が錺金具師なので受注した仕事はほぼ全工程を家族で行っています。何枚も同じものを作るので、製品の均一性が損なわれないようひとつの工程をすべてひとりの職人が担当します。“彫金”の工房ですが、最近は香炉などの鍛金工芸作品も。七宝や杢目金のような錺金具では使わない技術も学び、生かしています」

祐月さんの父であり『ノヨリ』2代目の克彦さん。「娘から教わることがとても多いんです」
#Accessory
伝統技術と現代的なデザインを融合させたアクセサリー。和モダンな香り漂う、祐月さんの意欲作だ。

(右)『OWALI』は仏教での架空の植物・宝相華をモチーフにしたシリーズ。「宝石のはめ込みは外注していますが、将来的には自分でやりたい」。誕生石入りの指輪が1万円台からというのも魅力
(左)『epice』は全面に彫金を施した一枚板を切り分けたシリーズ。普段の装いに合わせやすく、ユニセックスなムード
8つのブランドを有する『ノヨリ』。そのデザインや製作の多くを祐月さんが担当している。
「仏具の技術と工程を活用して製作していますが、アクセサリーの柄やデザインは仏具とは別物です。父は当初、錺金具の仕事を私に継がせたくないと思っていたそうです。『仏具で食べていくのは大変だから』と。でもある日、アクセサリーについて父に意見を求められた際に、『金属加工ならなんでも作ることができる。可能性のある仕事だ』と思ったんです。それで、それまでのアパレル関係の仕事からこの世界に飛び込みました。父は長く続かないと思っていたようですが(笑)。最近は一緒に仕事の未来の話ができるようになったので、ようやく私の覚悟を読み取ってくれたようです」
最初に手がけた『epice』は、“端材を減らす”という理念も魅力

祐月さんが手がけているブランド『epice』の下絵。「この段階で何をいくつ作るかを計算しているので、端材が少なくサステナブル」

「槌で鏨を叩きながら丁寧に彫っていきます」。シルバーの板に硫化加工を施し、燻銀仕上げに
#Playfully
魚、金のシャチホコ、エビフライなど、遊び心のあるピンズも人気。薬液を駆使した発色も味わい深い。

「『nanako』のピンズは、ふくらみを出すように彫り込んだり、打ち出したりして、魚の愛らしさを存分に表現しています」
色鮮やかで愛らしい魚たちは、『nanako』のピンズシリーズ。
「製品に着色せず、薬液を素材につけて化学反応で色づけをしています。『nanako』というブランド名は、彫金技法の魚々子(刃が円形状の鏨を用い微細な粒を置いたように見せる技法)が由来。男性にも楽しんでいただけます」
人気のピンズシリーズに、もうすぐ干支が仲間入り

デザインの下絵の上にあるコインのように見えるものは、今後発売予定の干支ピンズの試作。ユニークな下絵は克彦さん作
職人冥利に尽きる瞬間とは?
「お客様が『ノヨリ』の作品を手に取る瞬間がいちばんうれしいですね。『自分のデザインで、誰かをときめかせることができたんだ!』、そう思える瞬間なので」

(右)特注した極小サイズの鏨は、竜の爪とヤモリの足 (左)魚の姿を打ち出した後、糸鋸でカットする技もお見事
Photo : Yu Inohara Text : Kaoru Nakagawa ※MORE2024年冬号掲載

