最近発売された話題の本や永遠に愛される名作などから、キーワードに沿った2冊のイチ押し&3冊のおすすめBOOKをご紹介します。

【今月のキーワード】読書の“ 愉悦”をしっとり味わえる

出会えたことの幸せを、書かれた文字を目で追う喜びをいく度もかみ締められる。堀江敏幸はそんな書き手のひとりだ。小説を書き、エッセイも書く。ただしその境界はにじんでいて、ジャンルの枠組みにはきっとあまり意味がない。散文集『坂を見あげて』とエッセイ『曇天記』に続き、今年前半だけで3 冊目となる最新作『オールドレンズの神のもとで』は小説集。短いもので2 ページ、最長の『果樹園』でも50ページ、この十数年で雑誌やアンソロジーに収められた作品が集められた。《大事なことは、少し遅れてやってくるんだ》と気づかされる『杏村から』、《人と比べての行動ではな》く、家族の幸せを選び取る夫婦の姿に心が動かされる『平たい船のある風景』、《ものごとは最初から真偽が決まっているのではなく、伝える人の品性と本性によって真にも偽にもなる》と教えてくれる『徳さんのこと』など、時間と記憶、人の結びつきを描いた18編の最後に、表題作が置かれている。淡く広がり、ときに鮮やかに立ち上がり、連想を誘いながら生まれる言葉の数々が読み手の中にすべり込む。

一方、『燃焼のための習作』は中編小説だ。便利屋家業を営む枕木のもとに依頼人・熊埜御堂氏がやってくる。雨が降り、雷が光り、彼らと、事務所に勤める郷子さんは嵐が過ぎ去るのを一緒に待つことになる。密室劇というにはあまりにも穏やかだが、依頼の内容にはミステリアスな要素もある。ただし謎は解かれない。3 人の会話が有機的に結びつき、それぞれの記憶が動きだす。読者はその瞬間に立ち会い、言葉の陰影や飛躍を楽しむことになる。

【イチ押しBOOK1】堀江敏幸さんの『オールドレンズの神のもとで』

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後頭部に“孔あな”を持ち、そこに一生に一度だけ、樫の木で作られた制御棒を差し込む――。色のなくなった世界に生きる不思議な一族について書かれた表題作など、18の掌編と短編が収められている。(文藝春秋 ¥1650)

【イチ押しBOOK2】堀江敏幸さんの『燃焼のための習作』

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嵐に見舞われた雑居ビルの一室に、男2人と女が1 人。探偵とも便利屋ともつかない事務所の中で交わされるのは、捜索依頼なのか、世間話なのか、想い出なのか。脱線したり戻ったりしながら進む会話が世界を描き出す。(講談社 ¥630)

【おすすめBOOKはこの3冊!】

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『憂鬱な10か月』イアン・マキューアン /〈訳〉村松さん

子宮のなかで、陰謀を、痴話喧嘩を、ラジオを聴きながら、ときに身の危険を感じながら過ごす10カ月。主人公の《まだ生まれてもいないのに》という声ならぬ声がこだまする、思弁的でおかしみに満ちた長編小説。(新潮社 ¥1800)
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『日本のヤバい女の子』/ はらだ有彩さん

ふくら顔のおかめ、かぐや姫に織姫。昔話のヒロインたちは何を考え何を願ったの? 1000年前の女の子が隣にいたら何を話す? 自由に優しく想像をめぐらせて書かれるエッセイと著者によるイラストが美しい。(柏書房 ¥1400)
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『メタモルフォーゼの縁側』① / 鶴谷香央理

何気なく買った一冊の漫画でBLに出合う75歳の雪さんと、書店でバイトをする高校生のうらら。生活の中で友情が形づくられていき、凝縮された時間が溶け出す。温かい感動がじんわり広がる話題のコミック。(KADOKAWA ¥780)


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MORE2018年9月号・さらに詳しい情報は雑誌MOREをチェック! 原文/鳥澤 光
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