最近発売された話題の本や永遠に愛される名作などから、キーワードに沿った2冊のイチ押し&3冊のおすすめBOOKをご紹介します。

【今月のキーワード】生活する姿の美しさが物語に

カリグラフィと呼ばれる飾り文字を知ったのは私が小学3年生の時のこと。それ以来、青色のインクに特別な魅力を感じ続けている。そんなことを急に思い出したのは、『月とコーヒー』に収められた掌編『青いインク』を読んだからだ。小さな工場で青年が青いインクを作っている。どんな人がそのインクを使うのか、どんな文字が姿を表すのかも知らないままに365日、次の365日と、ひとりインクを作り続ける彼の指先は、鮮やかな青に染まっている。ここではないどこかに暮らす人々を描く24編の中には、白い星の下で彫刻を彫る人がいて、バナナについて語りあう者たちがいる。赤いりんごが道を転がり、アオイという少女は毎夜自転車を走らせサンドイッチを届ける。パイやドーナツ、ナポリタンを媒介に人が人とつながっていき、コーヒーのふくよかな香りがあたりを包み込む。『三人の年老いた泥棒』たちが《絵の中から取り出した星は本物の星と同じように光っている》と言ったのと同じように、この小説から取り出される言葉もきっと、ずっと、青白く光り続けるだろう。

【イチ押しBOOK1】吉田篤弘さんの『月とコーヒー』

小さな物語を愛する作家・吉田篤弘さんからの画像_1
喫茶店で、食堂で、工房や道や美術館で。食べ物と人にまつわる、ほんのり不思議で温かい物語が24編。一日の終わりにふとんにくるまって眠る前のひとときを一緒に過ごしたい。小さな物語を愛する作家から届けられた贈り物のような一冊。(徳間書店 ¥1800)

【イチ押しBOOK2】池辺 葵さんの『プリンセスメゾン』①

生活は物語なのだ。人は生き、自分の居場所を探す。漫画『プリンセスメゾン』の主人公は運命の物件を探している。26歳、年収250万円ちょっとの彼女にとって、ひとりで暮らす家を買うことは身の丈に合わない夢ではなく《自分次第で手の届く目標》だ。家を探すうちに知りあった友人、道ですれ違う見知らぬ人も、それぞれがきちんと生きようとする。慈しめる日々ばかりではない。疲れ、孤独を感じながらも、自分の人生を生きる姿が美しい。
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実写ドラマ化もされた話題作が6巻でついに完結。都会を生きるシングルガールたちの背中が横顔が、ため息や困惑さえもが心にしみ入り力をくれる。現代を生きる私たちの幸せが、こんなにも多様であることがうれしい。(小学館 ¥552)

【ほかにもあります★オススメBOOKをご紹介】

小さな物語を愛する作家・吉田篤弘さんからの画像_3
『人間界の諸相』/木下古栗さん

前作が「不純文学」ならば今作は「エンタメ風小説」。明るい不条理と下ネタをまき散らして疾走する14編の真ん中に、菱野時江という名の謎の女。理解できずとも、飲み込まれてみれば奇妙に楽しい連作短編集。(集英社 ¥1500)
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『メアリ・ポピンズ』/ トラバースさん 〈訳〉岸田衿子さん〈絵〉安野光雅さん

英国の作家が遺した児童文学の名作を詩人が訳し、画家が絵を描き下ろす。幼い日々に握りしめていた空想の世界が、やわらかな水彩画を通して立ち上がる。約50年ぶりに実写化された続編映画の予習復習にも。(朝日出版社 ¥2200)
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『面白くならない企画はひとつもない』/髙崎卓馬さん

人に届けることを考える筋道は明快で、《気持ち悪くなるまでやる》という一行は衝撃的。面白い広告を作るための実用的な本でありながら、業種を超えて、仕事を進めるうえでの“正しい悩み方”を教えてくれる。(宣伝会議 ¥1800)


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MORE2019年5月号・さらに詳しい情報は雑誌MOREをチェック! 原文/鳥澤 光
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