最近発売された話題の本や永遠に愛される名作などから、キーワードに沿った2冊のイチ押し&3冊のおすすめBOOKをご紹介します。

【今月のキーワード】記憶と時間と愛についての物語

30歳のクリスマスにルースは実家へ帰る。父はアルツハイマー病に、母と弟は過去の父の不実に、ルース自身は婚約者との別れに悩まされていて、彼らの日常は重いリアリティに縁取られている。それなのに! ルースの日記という形で進む物語の、どこまでも軽い口語体のユーモアと爽やかさ、風に吹かれても消えないともしびのような小さな明るさに驚かされる。30、40、50年と生きてきた父の時間が、記憶と一緒にぽろりぽろりとこぼれ落ちていく。その記憶を補填するように、ルースは日記をつけ、時折そこに父の古い日記がはさまって時間が並走し始める。そしてある日、日記から日付が消失して《パパ》は《あなた》になる。娘は書く。《私はこうやって、あなたの代わりに、日々の瞬間を集めている》。父が幼き娘の言葉を記録したように。1年の間に、父と娘、家族の関係は交錯したりにじんだり反転したり砕けそうになったりもする。それでも、ささやかな記憶と記録の断片が彼らを結びつけて、やがて再びクリスマスがやってくる。家族って、こんなにもやわらく危なっかしくて愛おしい。

【イチ押しBOOK1】レイチェル・コン、〈訳〉金子ゆき子の『さようなら、ビタミン』

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大学教授だった父がアルツハイマー病になり、介護のため実家へ戻ったルース。失恋したり、父のために偽ものの授業を開講したり、親友と飲みすぎたり、ドライブしたり、食用クラゲを買ったり。1年間の日記形式でつづられる、温かな家族小説。(集英社 ¥1900)

【イチ押しBOOK2】谷口菜津子の『彼女と彼氏の明るい未来』①

記憶と時間をめぐるもうひとつの物語は、理性と欲望がせめぎあう、ブラックだけどピンク色のラブコメディ『彼女と彼氏の明るい未来』。彼女の過去の恋愛(というか性体験)が気になるいっくんと可愛すぎるゆきかちゃん。幸せだったはずの日々が妄想で揺らぎ、VRタイムマシーンで巻き戻される。“誰かのことを強く強く想う”ことを描き続ける漫画家・谷口菜津子だからこそ描ける、ポップで可愛いだけじゃない愛の形に共振する。
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28歳同士の同棲カップルの幸せな日常に落ちる影——それは、最高すぎる彼女にかけられた「ヤリマン疑惑」。ネガティブ全開な彼氏は、目の前にあるものこそ真実だ! と過去を投げ捨て、幸せを守りきれるのか!? (KADOKAWA ¥720)

『この橋をわたって』『また旅。』『セミ』【オススメBOOKはこの3冊】

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『この橋をわたって』/新井素子
星新一に激賞されたデビューから42年。長い作家生活の中でも珍しい短編やショートショートなど8編を収めた最新作品集。猫、AI、増えるケーキなど、日常のすぐ隣にある不思議が、軽やかな口語体で描かれる。(新潮社 ¥1500)
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『また旅。』/ 岡本 仁
旅の行き先は日本のあちこち23カ所。長崎でたこを作り、旭川で熊を思い、京都で“珈琲倒れ”をし、新潟で自転車に乗る。早朝には散歩をする。生活と旅が重なって発見と出会いを鮮やかに定着させる。(京阪神エルマガジン社 ¥1800)
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『セミ』/ショーン・タン 〈訳〉岸本佐知子
泣いているのか笑っているのか、《トゥクトゥクトゥク》。灰色の空間でスーツを着込み、働き続けて17年。ついにやってきた別れの日。上へ、上へとのぼっていくセミの姿に、幸せの意味を考えさせられる。(河出書房新社 ¥1800)
原文/鳥澤 光