
基になっているのは、ジョブズ本人が全面協力した唯一の伝記であるウォルター・アイザックソンの「スティーブ・ジョブズ」。『ソーシャル・ネットワーク』で知られる脚本家のアーロン・ソーキンは、この原作の内容をただなぞるのではなく、3大製品の新作発表会でのプレゼン直前にスポットを当てた斬新な切り口で、ジョブズの類い稀なるビジネスセンスと人間性に迫っています。
怒濤の会話劇の中でも、やはり注目は父親としての顔。「一緒に暮らしたい」と抱きつく娘を優しく抱きしめ返すこともできない姿からは、いちばん身近な人間にさえ心の内をさらけ出すことができない男の悲哀がにじみ出ています。不完全で不器用なダメ親父ぶりは、「まるでシェークスピア作品に出てくるような人物だ。残忍なのに、魅力的で楽しい」と監督のダニー・ボイルが語るように、なぜか憎めないのが不思議。冷徹な独裁者でも有能なビジネスマンでもない、血の通ったリアルなスティーブ・ジョブズ像にぜひ注目を。
(文/松山梢)
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