「箱根駅伝」の代名詞である山上りの5区。10区間の中で最も過酷な道のりを、まるで平地を走るように2度も軽やかに走り抜けた神野大地選手。特に、青山学院大学が初優勝した3年生の時(第91回大会)は、2代目山の神・柏原竜二さんの記録を24秒上回る1時間16分15秒という驚異の記録をマークし、3代目山の神としてその名を轟かせた。「箱根駅伝で人生が変わった」と言う彼が今、改めて語る、レースの魅力とは——。
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──── 神野選手が「箱根駅伝」を初めて意識したのは、いつのことでしたか?

「高校2年生ですね。もともと中学から陸上をやってはいたのですが、愛知に住んでいたので関東の大学に行くことは夢のまた夢でした。でも、高校生で自分の記録がすごく伸びてきてから、夢から目標に変わったんです」(神野大地選手、以下同)

──── もともとは駒澤大学に憧れていたとか?

「そうなんです(笑)。憧れの宇賀地強さんがいたので。でも駒澤大学に進学していたら、きっと1度も箱根駅伝を走れなかったと思います。僕はそれくらいのレベルだったので。

青山学院大学に入学した時も、最初は4年間がんばれば1度くらい走れるかなという、それくらいの目標でした。まさか自分がエース区間の2区を走ったり(2年次)、山上りの5区を2年連続で(3年次・4年次)走ったりするなんて。もっと言うと優勝するなんてまったく考えていなかったし、想像もしてなかったです。

たまたま僕の代に、高校のトップレベルの選手が集まったのが、いい縁だったかもしれないですね。年々チーム目標もすごく変わっていったし、3年生の時に初めて『箱根駅伝優勝』という目標がチームで出てくるレベルになってきて。僕らがいちばん青山学院大学陸上部の成長とともに歩めた世代だったと思います」

──── 2年生の時の経験もあり、3年生でも2区を走る予定でいたとか?

「僕の2区は早い段階で決まっていました。ただ、2区にも“戸塚の壁”と呼ばれる坂があって。そこでバテないように、5区を想定した練習を『お前もやっとけ』と監督に言われたんです。

その時、5区を予定していたのが一色(恭志)でした。一色も練習ではトップレベルのタイムだったんですけど、僕はそれよりもだいぶ速くて。練習後に監督に『5区は神野だな』って言われたんです」

──── 練習の時点で、5区に向いてるなと自分でも感じたんですか?

「いやいや、最初は向いてないな〜って思いました(笑)。坂がキツすぎて進んでいる感じがしないんですよ。しかも途中でお腹が痛くなって足を止めた時間もあって。それなのにタイムがめちゃくちゃ速かったから、自分でも『あれ、いけるのかも?』って思いました。メディアからの注目もあまりなかったし、のびのびと純粋に箱根駅伝を楽しめました」

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──── 一方、4年生の時は苦しい思いをしましたね。

「合計で半年くらいケガをしていて。11月の全日本大学駅伝の後も1か月くらい走れなかったんです。12月5日くらいから練習を再開したんですけど、チームメイトも監督も僕も、『箱根駅伝は厳しいかもな』って思っていました。

でも12月下旬頃には少しずつ状態が戻ってきて。その時点で5区の準備をしていたのが、9月のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)で活躍した橋本崚。橋本は1年間かけてずっと山上りの練習を続けていたんですが、2人で練習をしてみたら、結局僕のほうが速くて。その練習の結果だけで、僕が5区を走ることになりました」

──── 橋本選手の様子はいかがでしたか?

「悔しさは相当なものだったと思います。でも、僕が走ることが決まってから僕の部屋にコンコンってやって来て、『やっぱりあの区間を走るのは、俺じゃなくてお前だよ』って言って去って行ったんです。これ、今思い出しても泣けるんですけど……。

橋本は当日、僕の付き添いをしてくれました。レースで一番助かったのは、2位と2分半くらい差をつけて1位でたすきをもらえたこと。もう、4年生の時はチームメイトに感謝の気持ちしかなかったですね。ケガが続いて苦しかったけど、最後の最後にご褒美をもらえた気がしました

──── 箱根駅伝を3回走った中で忘れられないシーンは?

「やっぱり声援の大きさですね。2区を走った時は耳がキーンとなるくらい、集中力さえも削がれるくらいの大きさで驚いたんです。でも5区では慣れもあったのか、声援に背中を押されている実感がありましたね。あ、あと一番忘れられないシーンは、5区のフィニッシュの手前。コースを右に曲がると目の前にフィニッシュテープがあって、その奥にチームメイトや30台くらいのカメラが待ち受けてるんです。角を曲がった瞬間、右側にいる沿道のお客さんに右手を挙げたんですけど、それがもう、たまんなかったっす(笑)。

実は3年生の時に5区が決まってから、毎日前回大会の5区を見返していたんです。時間がない時は最後のフィニッシュの瞬間だけでも。東洋大学の設楽啓太さんがフィニッシュテープを切っているんですけど、実は啓太さんも右手を挙げていて。それを見て、『僕もやりたい、やりたい!』って思ってました」

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2020年の注目校は、ずばり6校。経験者だから語れるマニアックなチェックポイントを伝授!

──── 神野さんが2020年に注目している大学は?

「優勝候補は圧倒的な選手層の東海大学。主力の4人が走らなかった中での全日本大学駅伝優勝はすごい。主力組も黙っちゃいないですよね。あの全日本での優勝は、チームがより奮起するきっかけになったと思います。出雲駅伝で優勝した國學院大學は、浦野雄平選手、土方英和選手という学生トップレベルの選手が2人います。浦野選手は5区だと思うので、往路優勝できるか注目だと思います。正直、往路で優勝できると、復路でも先頭で結構いいタイムでいけちゃったりするものなんです。往路優勝ができたら、総合優勝もあり得ると思います」

──── 母校の青山学院大学は?

「今回は戦力的に厳しいと言われていたんですが、全日本大学駅伝で2位になれたことが、青学大にとってはめちゃめちゃプラスだったと思うんです。監督からずっと弱い世代と言われてきて怒られてばっかりだった4年生も、全日本の結果で『なんか俺ら、やれるかも』って雰囲気になったと思います。ただ、今回は本当にどこが優勝するかわからない戦国駅伝。東海大学國學院大學の他に、駒澤大学も強いし、東洋大学帝京大学もいる。今回はこの6強だと思いますね」

──── 勝負のポイントは?

「やっぱり山ですね。正直、2区にめちゃめちゃ強い選手を置いたとしても、1分の差ってつけられないんです。でも山上りの5区は1分の差が簡単についちゃう区間。今回は山上りも山下りも両方揃っている大学がなかなかないので、うまくレースをまとめられる選手を配置できるかが大事だと思います。あと個人的に注目しているのが総合タイム。僕らが初優勝した時は10時間49分27秒だったんですが、今回は1年生の時からあれだけ“黄金世代”と言われてきた東海大学の4年生の集大成となるレースなので、彼らの総合タイムにも注目しています」

──── 他にテレビ観戦する時のポイントは?

「僕が見るのは、走る前の選手の表情と身体。よく競馬と同じと言われたりするんですけど、走る前の選手からもオーラが出てたりするんですよね。足が輝いている感じ。あそこまで身体を絞るのって本当に大変なんです。長距離選手の箱根駅伝にかける本気の身体を見てほしいです。表情に関しては、緊張しすぎず、自然体かどうか。焦って『早く来い!』みたいにやっている選手は、たすきをもらった瞬間にぐわって力が入って最後まで持たなかったりするんですけど、本当に入り込めている選手は『よし、これから俺の努力の成果を見せるぞ』みたいな余裕があるんです」

──── 神野さんが5区以外に注目する区間は?

1区ですかね。1区を走る選手にかかる重圧って相当なものがあるんです。同じように調整してきて、絶対みんな調子がいいはずなんですよ。でも、ちょっとしたメンタルの浮き沈みで大きく出遅れてしまう。その時の選手の思いを考えただけで、涙ですよ。他の選手たちも、『あれ、あいつ調子よかったはずなのに』って不安になるし、『一緒に練習してきた俺もダメかもしれない』ってなっちゃうんです。監督も不安になりますしね。1区の選手の勇気ある走りは、その後に走るすべての選手にも勇気を与えるので、観戦する方には、1区の選手の胸に抱えた思いを汲み取って見てもらいたいですね

“山の神”より大きな結果を残さない限り、引退はできない。神野大地が、「箱根駅伝」の先に見据える未来

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写真提供/Shunsuke Mizukami 
──── 現在はプロランナーとして活動されていますが、距離を置いたからこそ見える「箱根駅伝」の魅力はありますか?

「箱根駅伝は僕の人生の中で一番注目された大きな大会だったと思います。優勝したことはもちろん、山の神になれたことでも人生が変わった。すごくいい経験になったと思います」

──── モチベーションを保つ上でも、注目は力になる?

「そうですね。特に陸上って練習がキツイんです。例えばプロ野球だったらシーズン中毎日のように試合があるけど、マラソンって年に2〜3回しか走れない。でもそのために何か月も練習してスタートラインに立つので、正直、苦しいことのほうが多いんです。もちろん結果が出たら報われますけど、苦しい時期を乗り越えるためには、応援してくれる人の存在がものすごくプラスになると思います。僕は箱根駅伝のおかげでファンが増えましたし、プロランナーになってからもより増えている実感があります。もし応援してくれる人たちがいなかったら、きっとマラソンはもう、やめてると思いますから」

──── では、これからの目標を最後に聞かせてください。

「これまでは東京オリンピックを目指して練習してきましたが、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)で17位と結果が出せませんでした。これからはオリンピック出場ありきで練習するというよりは、より現実的にクリアできる2時間7〜8分台を3月の東京マラソンで出したいと思っています。目の前の目標をクリアして、少しずつ進んでいった先には、いつか絶対にオリンピックの舞台に立ちたいですね。そうしないと、箱根駅伝の山の神の実績を超えることはできないと思うので。一生山の神で終わらないようにしたいし、箱根駅伝の実績を抜くまでは、引退はできないと思ってます」

神野選手にとって「箱根駅伝」とは?

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<プロフィール>
かみの・だいち●1993年9月13日生まれ、愛知県出身。セルソース所属。青山学院大学在学中の2015年、「箱根駅伝」の5区区間賞と金栗四三杯を受賞し大学の初優勝に貢献。3代目“山の神”として一躍注目を集める。卒業後は実業団を経て、2018年からプロランナーとして活動している。
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「箱根駅伝」は、テレビ観戦で盛り上がろう!
サッポロビール新春スポーツスペシャル
『第96回東京箱根間往復大学駅伝競走』(日本テレビ)

■往路
1月2日(木)7:00~14:05(7:50~全国ネット)
■復路
1月3日(金)7:00~14:18(7:50~全国ネット)

*関連番組もチェック!
『箱根駅伝 絆の物語』
12月22日(日)13:45~14:40(日本テレビ)

4夜連続事前番組『夜な夜な箱根駅伝』
12月23日(月)~26日(木)各日24:54~25:04(日本テレビ)

『箱根駅伝 区間エントリー徹底分析SP』
12月30日(月)24:59~25:29(日本テレビ) 

『箱根駅伝 絆の物語&スタート直前生情報』
1月2日(木)5:50~6:45(日本テレビ)

『箱根駅伝 往路ダイジェスト&復路直前生情報』
1月3日(金)5:50~6:45(日本テレビ)

『続報!箱根駅伝』
1月3日(金)14:18~15:00(日本テレビ)

『もうひとつの箱根駅伝』
1月12日(日)13:15~14:30(日本テレビ)

※番組名、放送時間は予定です。
※番組は地域によって、放送日・放送時間が異なる場合があります。また、放送していない地域があります。
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取材・文/松山梢 撮影/中澤真央