ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』

日々のモヤモヤを、ちょっとだけグチりたい……。そんな悩めるMORE読者世代の女性たちに贈る、ブレイディみかこさんからのメッセージ。「がんばったのにまだ週の半分……」とため息が出そうな水曜日の私たちを、言葉と共に解放してくれるエッセイ連載です。

男性なら聞かれづらいこと、男性だから褒められやすいこと

男性上司の発言に困る女性のイラスト

MORE読者世代の女性たちとの座談会も回数を重ねると、「これは前にも聞いたな」「この話がいつも出てくるな」という話題が出てくるようになった。
わたしが不思議に思うのは、日本の中にも様々な階層がある(格差問題は日本でも進んでいると聞く)のに、女性が直面している問題に関する限り、みんな同じような経験をしているということだ。都会に住んでいる女性、地方に住んでいる女性、大企業で働いている女性、中小企業勤務の女性、未婚者、既婚者、子どもがいる人、いない人など様々な立ち位置の女性たちがいるのだが、その体験には驚くほど似た部分がある。
たとえば、地方在住で社内結婚することになったTさんは「姓はどうするの?」と周囲の人々に聞かれることにうんざりしていると言った。

「女性ばかり姓のことを尋ねられることに嫌気がさしてきたんです。みんな悪気はなくて、単純にお祝い気分で聞いてくるんですけど、男性だったらこんなこと聞かれないのになって」
一方、東京在住の既婚者Nさんは、産休を取ることになり、パートナーも産休を取るので一緒に子育てできそうだと男性の上司に話すと、「旦那さん、偉いね。素晴らしいね」と言われたらしい。

「上司は進歩的なつもりで言ったのかもしれませんけど、いちいちそんな感想を言ってほしくなかった」

そもそも、子どもを産んだり3時間ごとに起きて授乳したりするのはNさんだ。なのに、なぜ女性は「偉いね」と言われないのだろう。まるで育児は「女性の仕事」であり、それを手伝うパートナーが人格者であるかのような発言だ。

独身で地方在住のKさんも、転職活動中の面接での不満をぶちまけていた。

「『結婚されていますか?』『結婚のご予定はありますか?』と聞かれるんです。田舎はまだ普通にそういう質問が出ます」
とはいえ、東京で働いているRさんもこんなことを言った。

「妊活していることを職場の女性の先輩に話したら、部署のリーダーに言っといたほうがいいと真顔で言われました。『そうですねー』と笑って流しましたけど。そういう時って、笑うしかない」

言えなかった言葉を、言う勇気

挙手しているイメージのイラスト

『不適切にもほどがある!』というドラマが日本で大ヒットしたそうだが、別にタイムマシンに乗らなくても日本はまだ昭和なのではないか。ここまで時が止まったように変わらないのは、みんなが黙って聞き流しているせいではないかと言うと、Rさんは答えた。

「そうなんですけど、最初の一人になるのが難しいんですよね‥‥‥」

これは、それぞれの現場で、それぞれのモヤつきを抱えた女性たちの共通の声なのかもしれない。

週明けからのモヤモヤが蓄積し、ぷしゅっと押したらぶわーっと爆発しそうなぐらい頭が膨れた水曜日。水曜日にはゆっくり体にオイルを塗って身も心も柔らかくしようとか、自分のやりたいことだけやってみようとか、そういうことをこれまで書いてきた。それもこれも、たった一人の自分を大事にできるのは自分しかいないからだ。
だが、自分を大事に思うからこそ聞き流せない言葉はある。最初の一人になるのは確かに大変だし、勇気がいる。だけど、あなた自身について言えば、最初の人も最後の人もない。あなたは一人しかいないからだ。

「子どもを産む私も偉くないでしょうか」

「妊活を上司に伝えるべきなんて雇用契約にはありません」

言えなかった言葉を部屋の中でどんどん口にしてみよう。意外にスッキリしている自分に気づくはずだ。そしてそのスッキリ感が癖になったら、次にそういうことが起きた時、ふっと何かの言葉が口をついてでてくるようになる。

そういう言葉が同時多発的に出てきた時、止まった時計が急に動き出すだろう。英国の保育士たちが子どもたちによく言う言葉を書いておきたい。
 

Stand up for yourself.

PROFILE

ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数

ブレイディみかこ 心を溶かす、水曜日|MORE

イラスト/Aki Ishibashi