「未来はわからない」と、ゆるく構える【ブレイディみかこ連載】
ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』
日々のモヤモヤを、ちょっとだけグチりたい……。そんな悩めるMORE読者世代の女性たちに贈る、ブレイディみかこさんからのメッセージ。「がんばったのにまだ週の半分……」とため息が出そうな水曜日の私たちを、言葉と共に解放してくれるエッセイ連載です。
これから先のことを、考えすぎず、でも考える
先日、モア読者世代の女性たちとの座談会で、20代半ばのSさんがこんなことを言ったのだった。
「結婚しないと生きづらそう、そういう感覚があります。30歳までに、というプレッシャーがあって……、逆算するとあと何年、とつい考えている時があるんです」
な、なんですって? と、椅子からずり落ちそうになった。
昭和の時代に友人たちが言っていたようなことを、21世紀も四半世紀が過ぎようとしている今、日本の若者の口から聞こうとは思ってもいなかったからだ。
「もしかして、まだ適齢期とか、あるの?」
「はい。それは通常25歳から30歳ぐらいで……」
いや、これはSさんだけが抱いている考えに違いないと思っていると、ほかの出席者も頷いているではないか。
この日本の変わらなさというのはいったい何なのだろう。何十年たとうとびっくりするぐらい同じ地点にいる。特に女性に関わる事柄でそう思う。しかし、考えてみれば、彼女たちのお母さんは私ぐらいの年齢であり、みんな30歳になる前に結婚しなきゃとか言っていた。この世代が昔のままの感覚で、自分の考えを子どもの世代に吹き込んでいるのだ。日本が変わらないのは、われわれの世代のせいである。ごめんなさい。そんな気分でいっぱいになる。
だが、やはり、時代が進めば劇的に変わっている部分はあった。
「適齢期があるとしても、そうはいかないことも多いので、30代になると卵子凍結をする子が増えています」
おお。人の意識が同じ地点でもたもた足踏みしていても、テクノロジーは確実に進化しているのだ。
「私も女性の先輩から卵子凍結をすすめられました。『可能性は残しておいたほうがいい』って」
同じ世代のIさんもそう言っている。
そうなのだ。昭和と現代が違うのは、適齢期信仰を根本から揺さぶる技術がある点だ。かくいう私も、IVF※1で妊娠して子どもを産んだ。英国には、NHSという無料の医療制度があり、ワンサイクルだけ無料でIVFをやってくれる※2。しかし、無料で受けられる女性の年齢制限はあり、18年前は40歳だった。私は年齢的にギリギリだったので、事情を考慮して優先的に受けさせてくれた。今回、この原稿を書くためにNHSの公式サイトを見てみると、その年齢制限が42歳に上がっているのに気づいた。やっぱり時代は変わっていくのだ。女性に課せられた年齢的な縛りが、現実にどんどんゆるくなっていく。
週の真ん中の、現実の雑事に押しつぶされてしまいそうな水曜日。こんな日にこそ、目の前のことではなく、未来に思いを馳せてみよう。だいたい、IVFなんて、私の若い頃は「試験管ベビー」とか呼ばれて新聞の見出しを飾るような衝撃の技術だったのだ。それが一般の人々も使える技術になり、自分もそれで子どもを産むなんて、夢にも思っていなかった。
未来はいつも想像をはるかに超えてくる。すさまじい速度で技術が進むこの時代に、適齢期とかせせこましいことを気にして、自分の可能性をキリキリ縛っていてもしかたがない。
自分の未来を今の常識で縛るより、先のことはどうなっているかわからないとゆるく構えているほうが、人はすくすく伸びていける。そして、その伸びていく過程で、もしかしたらあなたも細胞分裂を起こして増殖しているかもしれない。その可能性を閉ざさないための卵子凍結なんて、私らの時代には考えられなかったことだ。
未来の世界なんてわからないから、考えすぎず、想像を超えてくるということだけ覚えておいてほしい。あなたを縛っているあんなことも、こんなことも、変わる。断言しておくが、絶対に変わるのだ。その未来に備えて何をしておけばいいかって?
とりあえず、ぐっすり眠ることです。
※1 取り出した卵子と精子を受精させ子宮内に戻す技術のこと。体外受精とも
※2 病院ごとに条件が異なります
PROFILE
ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数
Illustration : Aki Ishibashi ※MORE2024年冬号掲載