
その“モヤつき”は、あなたに知性があるから【ブレイディみかこ連載】
ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』
日々のモヤモヤを、ちょっとだけグチりたい……。そんな悩めるMORE読者世代の女性たちに贈る、ブレイディみかこさんからのメッセージ。「がんばったのにまだ週の半分……」とため息が出そうな水曜日の私たちを、言葉と共に解放してくれるエッセイ連載です。
「変えたい」とモヤついているあなたこそ希望

読者世代の女性たちとの座談会で最もよく出るのは、職場の話題だ。見知らぬ人々が初めて顔を合わせるわけだから、立ち入った話にはなりにくい。それにプライベートな話は、パートナーの有無、子どもがいるとか妊活中とか、それぞれ違う事情もあり、躊躇して話しづらいことも出てくる。そこにいくと、「そうなんですよねー」、「私もそういうの、あります」という感じでモヤつきを共有しやすいのが仕事のネタだ。
「就職するまでファックスを送ったことがありませんでした」
先日、そう言ったのはSさんだ。
「正直、パソコンで作った書類をファックスで送る理由がわからなくて」
「英国では、ファックス機なんて使える場所を探し回るぐらいレアだけど、なんで今でも使っているの?」
私が言うと、Sさんが答えた。
「顧客のためです。ファックスでの送信を希望される世代がいらっしゃるので」
いやしかし、その世代もメールは使っているだろう。
「これからはメール添付にします、じゃいけないのかな。そうしないと、ずっと変わらないよね」
「変えることが面倒なのか、会社が顧客に確認をせず送り続けているのが疑問なんです。なぜその慣習を続けているのか……」
Sさんはスマホと共に育った世代だというのに、このテクノロジー・ギャップはすごい。
「テクノロジーの話だけじゃないんです」
と言うのはYさんだ。
「ハイブリッドな働き方を導入すると言っても、結局、週の半分をリモートで働くことを許されているのは先輩たちだけで、年次が浅い人は毎日オフィスに来なさいと言われています」
「自宅勤務の先輩たちとは業務が違うから?」
と尋ねると、Yさんは首を振る。
「同じようにパソコンの前で業務をしているのですが、若い社員はオフィスに足を運ぶことが大事だそうです」
「根性入れて毎朝起きて会社に来い、みたいな?」
なんだか昔の部活みたいだなと思いながら尋ねるとYさんが言った。
「そうかもしれません。何か理由があるのかもしれませんが、効率とは関係のない考え方のような気がします」
スマホとファックス、効率と根性。さまざまなギャップのはざまで読者世代の女性たちは悩んでいるのだなと思った。
英国にも、実は妙に古いしきたりを捨てないところはあり、たとえば、英国の法廷弁護士には、いまだにまるでモーツァルトみたいなウィッグをかぶって裁判所に立っている人がいるが、あれは司法制度の歴史に対する敬意とか、法廷の威厳を大事にする、みたいな意味が一応あるようだ。ひるがえって日本の職場のほうは、そんなにファックスへの敬意を表したいわけでもないだろうし、ファックスがオフィスワークの威厳の象徴という説は聞いたことがない。変化に伴う面倒くささが一つの原因だろう。リモートワークにしろ、年功序列の構図を変えてしまいそうで面倒だから、勤続年数によって導入したりしなかったりするのかもしれない。
週の真ん中の谷間のような水曜日、職場でのさまざまなギャップのはざまに落ち込み、モヤつきがマックスに高まることも多いだろう。そんな人々に送りたい言葉は、モヤついているあなたたちは正しい、あなたたちこそ希望だということである。
かのアインシュタインも「知性の尺度は変化する能力である」と言ったように、あなたが変わらない現状に失望し、何かを「変えたい」と強く思っているとしたら、それはあなたに知性があるからだ。あとはこの知性で女性たちがつながり、変化の動きが起これば、バタバタといろんなことが変わっていくだろう。変化を面倒くさがる世代は、まとまった勢力に抗うことも面倒くさがるので、意外と早いかもしれませんぞ。
PROFILE
ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数
Illustration : Aki Ishibashi ※MORE2025年春号掲載