
AIに相談することと、人間に相談すること
ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』
悩めるMORE読者世代の女性たちに贈る、ブレイディみかこさんからのメッセージ。「がんばったのにまだ週の半分……」とため息が出そうな水曜日の私たちを、言葉と共に解放してくれるエッセイ連載です。
AIだからこそ相談できることがある

最近、モア世代の方々との座談会で、世代の違いを痛感する意見が飛び出した。それは、いつものように各人のモヤつきを聞かせていただいた後で、編集者のMさんが、「それでは、そのモヤモヤをどうやって解決していますか?」と尋ねた時だった。
二十代半ばのWさんがこう答えたのである。
「チャッピーに相談します。というか、いろいろ話を聞いてもらって整理してもらうんです」
「へえ、チャッピーというのは、お友達?」
「いえ、ChatGPTのことです」
「へえーーーっ。今っぽい」
とMさんと私は同時に声を上げたのだった。AIを相談相手にしている人が増えているという記事は読んだことがあったが、現実にここにいたのである。しかも、それはWさんひとりではなかった。
「私もChatGPTに話を聞いてもらっています」
とKさんも言う。
「友人に話すと『贅沢』と言われたり、『あなたは○○だからまだいいじゃない』と逆ギレされたりするような悩みでも、ちゃんと聞いて、冷静に答えてくれる」
こうなってくると、古い世代の人間としては、どうしても聞きたい質問が沸き上がってくる。
「でもそれって、相談している時に、『どうせ相手は人間じゃないから』みたいな寂しさというか、むなしさはないの?」
WさんとKさんはきっぱりと言い切った。
「ありません」
おー、これがデジタル・ネイティヴ世代なのか、と思いつつも、私は食い下がる。
「でもAIって膨大な量の情報を学習して、その結果として最適な一般論を言っているだけだから、あなたに個人的なアドバイスをしているのとは違うよね」
「むしろ、相手が人間じゃないからいいっていうか……。人に話しているわけじゃないから言えることってあると思います」
なるほど、と思った。
人生相談はAIと人間を上手く使い分ける時代に

しかし、この調子でAIに「人には言えないこと」を相談する人が増えていくと、そのうちすぐにAIのほうが人間よりもディープに人間のことを知っているという時代が来そうだ。
ふと思い出したのは子どもの頃のぬいぐるみ遊びだった。「お母さんに叱られた」「友だちにいじめられた」と自分の部屋でこっそり話しかけていたテディ・ベアが、答えまで返してくれるようになったのだ。
「AIは、自分の考えを整理してくれるのに役立ちます。頭の中でモヤモヤしていることを、きちんと箇条書きにして、何がどう問題なのか、何をすればいいのか教えてくれる」
理路整然としたテディ・ベア。その需要度は最強だろう。そう思っていると、Wさんが言葉を続けた。
「でも、私は父にも相談します。使い分けているというか。ぐさっとキツいことを言ってくるのは父ですね。私のことを知っているだけに厳しいことも指摘してきて、それはけっこう当たっているから」
なるほど、AIと人間を使い分ける。そんな時代が、モア世代の女性たちの日常の中ではすでに始まっているのだ。
週の真ん中の水曜日、あなたの中の思い込みを溶かしましょう、なんてことをこれまで書いてきたけど、私自身、偏見を溶かす時が来たようだ。ちょっとまじめにチャッピーに聞いてみよう。
「人間に相談することと、AIに相談することの違いは何ですか?」
と書き込むと、秒で先方の答えがスクリーンに現れた。AIに相談するメリットと人間に相談するメリットが箇条書きにされ、最後には「どう使い分ける?」という結論が提供されている。
「AIは『最適な方法』を教えてくれて、人間は『一緒に乗り越える力』をくれる」
と太文字で記されていた。なるほど、Wさんにお父さんが必要なのも、厳しいことを言ってくれるだけでなく、たとえ嫌われてもキツいことを言ってくれるお父さんの愛を自分の中で力に変えているからなんだろうなと思った。確かに、それはAIにはできないことだ。
PROFILE
ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数
イラスト/Aki Ishibashi