ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』

がんばったのにまだ週の半分……。ため息が出そうな水曜日のあなたを解放するエッセイ連載。

vol.13 未来の水曜日はどんな日?

ブレイディみかこさん連載『心を溶かす、水曜日』

20~30代の女性たちとの座談会で、「水曜日はあなたにとってどんな日ですか?」という質問をしたら、「最も仕事を休みたくなる日」と答えた人が多かったという話は前にも書いた。ところで、実はその時、こんなことを教えてくれた人もいた。東京の会社で働くTさんだ。

「会社も社員がそんな気分になることはわかっているみたいで、水曜日は早く仕事を終わらせていい日になっています」

「え、つまり、早く帰っていい日になっているの?」と尋ねると、Tさんはこう答えたのだった。

「水曜日は『ノー残業デー』になっているんです。だから、みんな5時になったらすぐに帰ります」

「それ、いいですねー」

「週の真ん中でリフレッシュできそう」

別の女性たちからも次々にそうした声が漏れた。

しかし、正直なところ、私は別のことを想像していた。就業時間そのものが水曜日は短縮されているのかと思ったのだ。そう思ったのには理由がある。英国では週休3日制が現実に近づいていて、今年はそれを売りにしている求人広告をよく見かけるからだ。

実は、英国では昨年、6カ月間にわたる大規模な導入実験もすでに行われている。この実験には英国内の企業61社が参加し、約2900名の従業員を対象として、2022年6月から12月まで実施された。働く日が減るのだから給与を減らすとか、休日が増えるのだから勤務日の労働時間を長くするとかいう、条件つきの週休3日制の導入実験ではない。あくまでも週あたりの平均勤務時間を8時間×4日の32時間にし、ピュアに働く時間を短縮するとどうなるかという実験だった。参加した企業は、マーケティング・広告、教育、芸術・エンタメ、建設、ヘルスケアなどさまざまな業界にわたった。そしてこの実験が終わった後、9割以上の企業が、今後も週休3日制を続けていきたいと答えたというのである。

実験が行われていた期間中は退職者や病欠者も減り、業績も平均すると35%もアップしていたらしい。この業績アップが週休3日制の結果だと断言できるエビデンスはないそうだが、実験に参加した人々の39%が以前よりストレスを感じなくなったと答え、71%が極度の疲れがなくなったと答えている。つまり、みんなが健康でハッピーになり、その結果として一人一人が前より効率よく働けるようになって、全体の売上げも伸びたと考えるのが普通だろう。

Tさんの職場で水曜日の「ノー残業デー」が設けられたのは週の半ばになるとやる気をなくしているスタッフが多いことを会社側が知っているからだ。つまり、従業員の士気が下がると生産性が落ちたり、職場のムードが悪くなったりして、全体としていい結果が出ないとわかっているのだ。であれば、そこからもう一歩先に進み、「どうも週休3日制がいいらしいよ」と気づくのも時間の問題だ。だって海外ではすでにそうなりつつある国があるのだから。

今でこそ、水曜日はいちばんきつい日の代名詞になっている。が、そのうちそれも過去の話になるだろう。水曜日は会社が休みの日になるかもしれないし、金曜日から始まる週末に向けて「あと一日、がんばろう!」と思う日になるかもしれないからだ。

目まぐるしく物事が変わる時代には、変わることはないと信じられていた常識だってあっさり崩れ続ける。水曜日のコンセプトもそのひとつだ。だから、水曜日のブルーな気分を感じた時には、明日やあさってといった近いところよりも、もっと遠いところにある未来について考えてみよう。労働に縛られる時間が減った時、あなたは何をしたいだろう? これはすでに「IF」で始まる夢や希望の話ではない。きわめて現実的な将来への準備であり、計画だ。あなたたちは人間の働き方や暮らし方が大きく変わる時代に生きているのだから。

PROFILE

ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数

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イラスト/Aki Ishibashi ※MORE2023年9・10月合併号掲載