ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』

日々のモヤモヤを、ちょっとだけグチりたい……。そんな悩めるMORE読者世代の女性たちに贈る、ブレイディみかこさんからのメッセージ。「がんばったのにまだ週の半分……」とため息が出そうな水曜日の私たちを、言葉と共に解放してくれるエッセイ連載です。

ストライキは「変える」ための起爆剤

ストライキイメージイラスト

気がつく人(往々にして職場では「できる人」などと呼ばれがちな人)には、いろんなことが見える。ほかの人が見えないことまで見えるので、これはなんとかしなければ後でえらいことになりかねないとか、今修正しておかないと後で仕事が増えるとか察知してササッと動くことになる。そうやっていると人より労働量が増え、それと共に責任感も増し、気づいた時には自分の職務を超えたところまでカバーしていたりして、水曜日あたりになるともう疲労で顔色がどんよりくすんでいる。ちょっと体調が悪いなと思っても、自分がいないとあの案件がわかる人はいないから……と思い、木曜日の朝は解熱剤を飲んで熱を下げてでも出社する。

そんな状況に陥ってしまっていたというMさんが、MORE読者世代の女性たちとの座談会で聞かせてくれた名言がある。

「でもある日、こう思ったんです。『私がいなくても会社は死なない』って」

そう。ひとりの構成員が休んだぐらいで組織は死なないのだ。そのぐらいで終わる組織なら、どっちみち潰れる。「キミがいないと」とか「あなたがいてくれるから」みたいな言葉は、労いと称賛の表現のように聞こえるが、それは人が休んだり、逃げたりすることを許さない、恐ろしい呪いの言葉でもある。

職場だけの話ではない。家庭も同じだ。育児に家事に仕事にとマルチタスキングで体も心もすり減っているのに、「ママがいないと」、「ママのおかげで」と言われても、なんかモヤッとする。

会社も家庭も人の集まりだから、誰かだけが人の何倍も働いているというのは不平等だ。しかし、これはそれだけの問題ではない。誰かだけに仕事が集中していると、その集団は組織として脆い。責任とリスクがちっとも分散されていないからだ。「ひとりひとりが組織を背負っているつもりでがんばってほしい」なんてことを言う責任者たちもいるが、そんなつもりでひとりひとりが「自分がいないと」と全力でがんばりだしたら、みんな水曜日あたりにはどんよりした顔をして疲れきっている。常に100%で走ると人間は心も体もいっぱいいっぱいになって、不測の事態が勃発した時に使う余力が残っていない。だから平常時には75%ぐらいの力で走り、何かが起きた時に残りの25%を出してみんなでバリバリ対応に当たれるほうが集団としては強靭なのである。

家庭だって同じことだ。ママに責任が集中していると、彼女だけが知っていること、彼女だけができることがけっこうある。これでは不測の事態が起きた時(たとえばママがいつも100%で走っているために倒れた時)、うまく回っていかなくなる。

というわけで、職場や家庭におけるいびつな責任の集中にうんざりしている水曜日。そんなあなたにおすすめしたいのは、ストライキである。日本ではよく「ストはわがまま」だとか、「周囲に迷惑をかける」とか言われがちだが、そんなことはない。全体の有効性を考えるからこそ、ストライキは必要なのだ。

あなたがいなくても会社も家族も死なない。むしろあなた自身が生き返るために、そして会社や家族が今より強靭な集団になるために、「ストライキなんてとんでもない」という思い込みを溶かしてほしい。そして翌日の木曜はストの決行日にしよう。なんなら金曜日もストを続行すれば、週末まで旅行だって可能だ。

ちなみに、ジェンダー・ギャップ指数の世界ランキングで過去14年間にわたって1位を死守しているアイスランド(昨年の日本は125位)は、何度か「ウィメンズ・ストライキ」を行ってきたことで有名だ。初回の1975年には国内の女性のなんと9割が参加して、職場や家庭で働くことを拒否したという。ストライキはいろんなことを変えるための起爆剤なのだ。やっちまいな。

PROFILE

ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数

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Illustration : Aki Ishibashi ※MORE2024年春号掲載