友達との関係は、始めるものでも、終わるものでもない【ブレイディみかこ連載】
ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』
悩めるMORE読者世代の女性たちに贈る、ブレイディみかこさんからのメッセージ。「がんばったのにまだ週の半分……」とため息が出そうな水曜日の私たちを、言葉と共に解放してくれるエッセイ連載です。
20代から生じはじめる友達間のストレス
MORE読者世代の女性たちとの座談会では、パートナーや恋人、家族、職場の人たちなど、さまざまな人間関係の悩みが話題にのぼる。なかでも、意外と大きなストレスになっているんだなと思うのが、友達との関係だ。
特に20代の女性たちは、学生時代には感じなかった階層の差を意識するようになり、そのために戸惑いや、楽しかった友人との時間がそうでもなくなっているケースがあるようだ。前回の座談会では、Yさんがこんなことを言っていた。
「気分のムラが激しい友達がいるんです。穏やかな時は本当にあれほど優しく話を聞いてくれる友達はいないんですけど、機嫌が悪い時には八つ当たりされるというか、批判されるというか‥‥‥」
「どんなことを言って批判されるの?」
そう尋ねるとYさんは言った。
「『最近、疲れてるんだ』とか言うと、『あなたは会社も定時で帰れて恵まれているじゃない』とか‥‥‥。『有給とか、そんなにあるんだ』みたいなイヤミを言われたり」
Yさんは、いわゆる大企業に勤めている。しかし、友達はそうではないらしく、彼女の機嫌がよくない時には「あなたは恵まれている」「私はもっと苦労している」オーラを出されて、言葉にとげとげしさがあるので、一緒にいるのが気まずい感じになるのだという。
「しばらく会わないほうがいいのかなと思ったりもします」
Yさんはそうもらした。
会っても互いにストレスがたまるだけなら、会わないほうがいい関係もある。
「うん、そうかもね」
と同意すると、Yさんはため息交じりに言った。
「でも、友達をやめるってできるんですかね? 友達って、始めるタイミングもやめるタイミングもないような気がして」
これは金言だと思った。そう。友達って、始めようと思って始めるものでもないし、やめようと思ってやめるものでもない。だから、Yさんと友達の関係にしても、やめるわけではない。ただ、互いに傷つけ合う時期は、距離を取るのだ。
ゆるい感じでつながり続けることが、長く友達でいられる条件
人生は長いから、いろいろある。Yさんも友達も今の職場で死ぬまで働くわけじゃない。互いの境遇が逆転することだってあるかもしれない。パートナーと暮らすようになったり、子どもができたり、仕事以外のことでも変化は起きる。そこまで長期的な変化でなくとも、Yさんの友達の会社が今より働きやすい職場になって友達の機嫌の悪さが改善される可能性もある。
しばらく疎遠になっていても、何かの折に思い出して連絡を取りたくなったり、どこかでばったり会ったりしてまたつながるのが友達なんだと思う。人間はモノやサービスじゃないから、始めたり終わったり自分の意志でコントロールできるものではない。だからこそ、なんとなく遠くなったり、またいつの間にか近くなったり、そういうゆるい感じでつながり続けることが可能なのだ。後になって考えれば、このゆるさこそが長く友達でいられた条件だったと思うことは多い。
友達との関係に悩まされ、モヤモヤしながら週末に会う約束をどうしようかと考えている水曜日のあなた。いま約束をキャンセルしたら、友達関係が終わる、なんてことはありません。それとなく距離を取っていくと関係にヒビが入るということは確かにあるかもしれない。しかし、ヒビが入っても修復できるのが人間どうしの関係のいいところだ。そしてそれは、金継ぎを施された陶磁器みたいに、以前の姿とは違っているけれど、ずっと美しいものになっているかもしれない。年月を経て振り返った時、たくさんの金継ぎのある人間関係は、そうでない関係より遥かに強靭なものになっていたりするのである。
PROFILE
ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数
イラスト/Aki Ishibashi