ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』

がんばったのにまだ週の半分……。ため息が出そうな水曜日のあなたを解放するエッセイ連載。

vol.07 ハグし、ハグされ、みんなで強くなる

ブレイディみかこさん連載『心を溶かす、水曜日』
MORE読者世代の方々の座談会でたまに話題に上るのが、マッチングアプリで出会った男性とのおつきあいに関するものである。

例えば、「出会いがない」と嘆くJさんは、アプリで知り合った男性と交際するようになった。しかし、「この人には何かある」という疑いは常に心の隅にあった。交際を始めて8カ月になっても、絶対に自分の家に入れてくれないからだ。誰か家にいるのではないか。そう思いながらもずるずる交際を続けていると、唐突に音信不通になった。コロナ禍で孤独を感じ、人恋しくなっていたところにつけ込まれた気分になったとJさんは言っていた。

また、Kさんは、友人がアプリで出会った男性から利用されていることに怒りを感じるという。都合のよいときに会えるセフレと思われているのが見え見えだし、友人もそのことに気づいている。だが、彼女は心情的に相手に入れ込んでしまっている。見ているほうがムカつくほどひどい扱いをされているのだから、腐れ縁のような関係は終わらすべきとKさんは助言した。でも友人は「恋愛と執着は違うの」と言って聞かない。こういう関係は彼女のためにならないし、どうすればいいんだろう、とKさんは友人として気をもんでいる。

ネット辞書で「執着する」の類語を調べてみると、大まかにそれらの意味の体系は5つに分かれる。「潔くないさま」「特定の対象に対して強い関心を持っているさま」「いつまでも同じことをやり続けること」「特定の対象に過剰なこだわりを見せること」「強く主張し、退こうとしない」である。Kさんの友人の男性に対する気持ちは、この5つの中では「特定の対象に対して強い関心を持っているさま」と「特定の対象に過剰なこだわりを見せること」の2つが該当しそうだ。で、この2つのグループに並んでいる類語を見ると「ハマる」「夢中な」「我を忘れて」といった言葉が並んでいて、これ、まさに恋愛感情のことではないか。しかし、よく見ると「妄執する」という言葉もあった。ここまで来ると行き過ぎ感が出てくるし、「しがみつく」という類語もあり、こうなると依存さえ連想させてネガティブな感じになってくる。

たぶん、Kさんの友人は、ネガティブな類語に近い意味で「執着」という言葉を使った。しかし、厄介なのは、自分でそうわかっていてもやめられないところである。なぜなら、彼女は相手の男性に「ハマっている」から。そして、誰かに「ハマる」ということは、れっきとした恋愛だから。

Kさんは、ヤバいものにハマっている友人を見ていてハラハラしたり、イライラするかもしれない。だけど、恋愛というものは病に似て、どんだけ周りが心配しても進行するときはしてしまう。

じゃあ黙って見ているだけでいいの? と思う人もいるだろう。そう、実のところ、それしかできないのだ。そして、友人がいつか相手と別れ(こういう関係は遅かれ早かれエンディングを迎える)ボロボロになったとき、ぎゅーっとハグする。文字通りのハグじゃなくても、話を聞き、そばにいて受け止めてあげる。それが大事なのだ。なぜなら、ぎゅーっとしてくれる友人がそばにいる人は、必ずフェニックスのように蘇ることができるからだ。以前より一回り大きくなり、「わたし、傷ついても立ち直れる」というどっしりした自信を身につけて。

さて、今週も自分をケアする水曜日がやってきた。バスルームで念入りにお手入れしてすべすべになった腕や胸は、友人をぎゅーっとハグできる場所でもあることを覚えておきたい。自分のためにケアした場所が、他者にとってはケアされる場所になるのだ。

やらかし、傷つき、ハグし、ハグされ、そんな関係があればこそ女性たちはみんなで強くなる。シスターフッドってなにも難しいことじゃない。それは半径5メートルの場所から始まるのだ。

PROFILE

ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数
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イラスト/Aki Ishibashi  ※MORE2023年1月号掲載