自由で豊かなことが、幸せとは限らない? キム・ギドク監督渾身の『The NET 網に囚われた男』
キム・ギドク監督といえば、『アリラン』、『うつせみ』、『サマリア』、『嘆きのピエタ』などなど、見終わったあとにズーンと重い気持ちにさせられる、痛々しい暴力描写を含めた悲劇的な作品を多く描いてきた人。それでもヨーロッパの映画祭をはじめ世界中で熱狂的に支持されているのは、残酷なシーンを通して、根底では人間への深い愛や自由を描いてきたから。本作は、これまでに比べて明らかに暴力描写は少ないのですが、監督自身が「憂鬱な映画ですみません」と断りを入れるほど、描いている内容はより強いエネルギーが込められている力作です。 テーマは南北朝鮮の分断。網が舟のエンジンに絡まり韓国側に流されてしまった北朝鮮の漁師が、スパイの疑いをかけられ、韓国警察からの執拗な拷問と亡命の強要に耐える様子が描かれます。ただしこの映画の魅力は、ひたすら妻子の元に帰ろうと奮闘する主人公の目を通して、南北が抱える矛盾を描いている点。政治的背景は全く違うけれど、犠牲を強いるのは社会の底辺にいる弱者だという現実は韓国も北朝鮮もまったく同じだという、笑っちゃうほど滑稽なリアルを鋭く突きつけます。お互いを理解しようとせず批判して対立する両国に対し、映画というアートを通して鉄槌を下すギドク監督、さすがです。 特に注目してほしいのは、資本主義の誘惑を与えて亡命させるため、韓国当局が主人公をあらゆる物が溢れるソウルの繁華街に放置するシーン。祖国とはまったく違うきらびやかな街をさまよう中で、家族のために身を売る若い女性と出会った彼は、「金がなくて苦しい、死にたい」と訴える彼女に対し、「自由な国でなぜ悲しむ。豊かな国でなぜ身体を売る」と率直な疑問を投げかけます。対照的な国で暮らす彼らの短い会話の中に、本当の幸せ、本当の自由の意味が凝縮されているようでした。「より人間は安全になるべき」というメッセージを伝えたかったと語る監督の思いを、ぜひスクリーンで受け取ってみて。 (文/松山梢) ●1/7〜シネマカリテほか全国順次ロードショー ©2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.