【俳優・中村 蒼さんインタビュー】NHKドラマ『風の向こうへ駆け抜けろ』出演でつかんだこれからの“居場所”とは
2021年12月18日(土)・25日(土)それぞれ夜9時から放送されるNHK総合の土曜ドラマ『風の向こうへ駆け抜けろ』。中央の競馬学校に進みトップで卒業、プロデビューするも成績が上がらず、地方の競馬場へ転身して再起をかける新人女性騎手・芦原瑞穂(あしはら・みずほ)役を平手友梨奈さん、そして彼女を受け入れる廃業寸前の厩舎を営む無気力な調教師・緑川光司(みどりかわ・こうじ)役を中村 蒼さんがつとめます。ドラマの放送を直前に控え、また、今年30歳という節目の年を迎えられた中村さんに、収録時のエピソードや演技にかける思いなどをうかがいました。
競馬が舞台のドラマで中村 蒼さんが演じるのは、自身初のリーダー役
はじめに『風の向こうへ駆け抜けろ』のあらすじをご紹介。平手さん演じる新人女性騎手の芦原瑞穂は、養老牧場を営んでいた父を東日本大震災後に亡くします。その後、中央の競馬学校を卒業し、プロデビューするものの、成績がふるわず、地方競馬への転身を打診されます。苦しむ彼女を受け入れるのが、盛り上がりに欠ける寂れた地方競馬・鈴田競馬場の緑川厩舎。そこは廃業寸前のオンボロ厩舎で、 中村さん演じる無気力な調教師・緑川光司のほか、頑固で融通のきかないベテラン厩務員たちや、馬には優しいけれど人には心を閉ざした失声症の若い厩務員がおり、“藻屑の漂流先”とまでいわれていました......そんな絶望的な環境下でも心折れることなく「絶対に勝ちたいんです!」とひたむきに努力を重ねる瑞穂と、彼女に刺激されて徐々に競馬への情熱を取り戻していく緑川厩舎のメンバーとの、挑戦と再起に向けたお話です。
中村さんは、もともと才気あふれるスーパージョッキーでありながら、レース中の落馬事故で引退を余儀なくされてしまい、大怪我の後遺症を引きずりながら厩舎を営む調教師という役どころ。伸び放題の無精ひげもそのまま、ただ時間が過ぎていくのを待っているような自堕落で無気力だった光司の人生が、瑞穂の登場をきっかけに、前へ前へと進んでいくさまを、静かに、しかし情熱的に演じています。
やる気ゼロな“先生”の奥底に宿る誠実さを演じて
光司は、曲者ばかりが集まった厩舎に新しく瑞穂を迎え入れ、バラバラのメンバーをまとめながら引っ張っていく舵取り役です。
「これまで僕は、“先生”とよばれるようなリーダー的な役柄を演じたことがなかったので、初めてに近い貴重なチャレンジでした。彼は、第一印象こそ無愛想で冷たいですが、夢に挫折してそうなってしまっただけで、決して人間的に嫌な人ではありません。緑川厩舎には、世間一般からみて生きづらそうにしている人が集まっていて“藻屑の漂流先”といわれてしまっていますけれど、光司自身が偏見の目を持たず、人の本質を見極めて受け入れることができる真っ直ぐな人間だからこそ集まってきたのです。原作と台本を読んで、競馬に対する愛、そして厩舎に対する責任感をしっかり持った情の深い人だと確信したので、光司が悪い人に見えないよう、心を配りながら演じました」
「これまで僕は、“先生”とよばれるようなリーダー的な役柄を演じたことがなかったので、初めてに近い貴重なチャレンジでした。彼は、第一印象こそ無愛想で冷たいですが、夢に挫折してそうなってしまっただけで、決して人間的に嫌な人ではありません。緑川厩舎には、世間一般からみて生きづらそうにしている人が集まっていて“藻屑の漂流先”といわれてしまっていますけれど、光司自身が偏見の目を持たず、人の本質を見極めて受け入れることができる真っ直ぐな人間だからこそ集まってきたのです。原作と台本を読んで、競馬に対する愛、そして厩舎に対する責任感をしっかり持った情の深い人だと確信したので、光司が悪い人に見えないよう、心を配りながら演じました」
“お馬さん”とともに駆け抜けながら学んだ競馬の世界
クランクインの2カ月前から本格的な乗馬練習をスタートし、徐々に、しかし着実に競馬のリアルな世界を学んでいった中村さん。実際に馬に乗って馬場を駆け抜けるシーンも華麗にクリアしています。
「普通の乗馬スタイルではなく、より股関節からお尻にかけての筋肉を使うジョッキースタイルだったので、慣れない当初は本当に大変でした。時間を見つけては練習を重ねました。また、競馬についてまったく知らないところからスタートしたのですが、JRAや競馬学校のスタッフのみなさんとお話ししていくうちに、騎手やお馬さんを自分の子どものように愛しみながら育てている、愛にあふれた世界だということがわかってきました。さまざまな人々の並々ならぬ努力が積み重なって、あの華やかな競馬のレースにつながっていることを痛感し、僕もしっかり演じなければ、と襟を正しました」
「普通の乗馬スタイルではなく、より股関節からお尻にかけての筋肉を使うジョッキースタイルだったので、慣れない当初は本当に大変でした。時間を見つけては練習を重ねました。また、競馬についてまったく知らないところからスタートしたのですが、JRAや競馬学校のスタッフのみなさんとお話ししていくうちに、騎手やお馬さんを自分の子どものように愛しみながら育てている、愛にあふれた世界だということがわかってきました。さまざまな人々の並々ならぬ努力が積み重なって、あの華やかな競馬のレースにつながっていることを痛感し、僕もしっかり演じなければ、と襟を正しました」
中村さんと平手さんが、出演する馬たちを“お馬さん”と呼び、ともにドラマを作り上げていく共演者として対等にとらえている姿も印象的です。
「そうか......あまり意識せずに自然とそう呼んでいました(笑)。単に“馬”と呼んでもいいんですけれど、ワンちゃんやネコちゃんのエサを“ごはん”というほうが優しく温かい印象がするのと同じ感覚です。言葉自体は子どもっぽく感じられるかもしれませんが、お馬さんなくしては成立しない現場。しかも、ただ僕らを乗せて走るだけではなく、暴れるシーンなどの演技もしてもらわないといけません。調教師さんをはじめ、たくさんのプロの方々がお馬さんと僕らを導いてくださり、本当に感謝しています」
平手友梨奈さんとの初共演に学ぶことがいっぱい
劇中で何度も「私は勝ちたいんです!」と光司に意思をぶつける瑞穂の目力に圧倒されます。
「等身大の平手さんは、20歳らしいきらめきをまとった、フランクでとても話しやすい方。しかしお芝居に入ると、途端に瑞穂としての力強さが体全体に宿り、監督とも意見を交換し合ったりして、さすがだな......と思いました。僕は思ったことを口に出すのがどちらかというと苦手なので、“自分はこうしたいのだが、どうか”とはっきり意思表示しながらコミュニケーションを取る平手さんを見て、対峙する僕自身も刺激を受けたのではないかと思っています」
「等身大の平手さんは、20歳らしいきらめきをまとった、フランクでとても話しやすい方。しかしお芝居に入ると、途端に瑞穂としての力強さが体全体に宿り、監督とも意見を交換し合ったりして、さすがだな......と思いました。僕は思ったことを口に出すのがどちらかというと苦手なので、“自分はこうしたいのだが、どうか”とはっきり意思表示しながらコミュニケーションを取る平手さんを見て、対峙する僕自身も刺激を受けたのではないかと思っています」
馬たちに対する接し方も、平手さんが率先してリードしていた模様。
「僕ももちろん、お馬さんに対して可愛いと感じるのですが、彼らは体も大きいですし、どう動くのか予測がつかなくて、どうしてもビクビクと恐怖心が出てしまう。平手さんももちろんそうした緊張感はあったと思うのですが、お馬さんを煽らずに近い距離をキープし、どう動いても何が起きてもまったく怖がっていない様子で、頼もしく思いました」
「僕ももちろん、お馬さんに対して可愛いと感じるのですが、彼らは体も大きいですし、どう動くのか予測がつかなくて、どうしてもビクビクと恐怖心が出てしまう。平手さんももちろんそうした緊張感はあったと思うのですが、お馬さんを煽らずに近い距離をキープし、どう動いても何が起きてもまったく怖がっていない様子で、頼もしく思いました」
「自分の居場所はこの芸能界」と腹を決めた中村さんは強い!
ドラマの製作総指揮をとったNHKの内藤愼介ディレクターは、このドラマを通して訴えたい主要なメッセージのひとつとして「自分の“居場所”は、自ら強く求めて行動する人の前にこそ現れる」と掲げています。中村さんにとっての“居場所”とは?
「この芸能界だと思います。もちろん大変だし、現場で求められることを提供できずにとても苦労することが多く、決して居心地のいい場所ではありません。しかし、人生の半分以上をずっとこの世界で生きてきて、ここまできたらずっとここで! ......という強い思いがあります」
過酷な世界で生きていく覚悟を決めた中村さん。
「自分と、自分の周りにいる人、応援してくれる人、そして家族のためにこの仕事をする、やるしかないんだ! という気持ちは、コロナ禍の前も後もまったく変わりません。
“今、自分に何ができるのか!?”を探りながら生きていくのに精一杯です。しかし、人のため、誰かのためにといった思いは、コロナ禍のような大きなハードルがないと認識しづらかったのではないでしょうか? 芸能界でも、コロナ禍を経て、作品に載せるみんなの思いはより強くなっています。誰かのために頑張ったことは、確実に自分の成果となって返ってくると信じて、突き進むしかないと思っています」
30歳を節目に、俳優として目指す姿とは!?
「自分の得意なことを伸ばす。そしてやり続ける。歳をとるごとにさまざまな発見がありますし、いいことも、恐怖心を感じるようなことも両方ある。僕は“これはしないほうがいいんだろうな......”と勝手に決めつけて萎縮してしまうようなところがあるので、もっと純粋に、仕事に対して楽しむ気持ちを持ち続けられたらと思います」
「この芸能界だと思います。もちろん大変だし、現場で求められることを提供できずにとても苦労することが多く、決して居心地のいい場所ではありません。しかし、人生の半分以上をずっとこの世界で生きてきて、ここまできたらずっとここで! ......という強い思いがあります」
過酷な世界で生きていく覚悟を決めた中村さん。
「自分と、自分の周りにいる人、応援してくれる人、そして家族のためにこの仕事をする、やるしかないんだ! という気持ちは、コロナ禍の前も後もまったく変わりません。
“今、自分に何ができるのか!?”を探りながら生きていくのに精一杯です。しかし、人のため、誰かのためにといった思いは、コロナ禍のような大きなハードルがないと認識しづらかったのではないでしょうか? 芸能界でも、コロナ禍を経て、作品に載せるみんなの思いはより強くなっています。誰かのために頑張ったことは、確実に自分の成果となって返ってくると信じて、突き進むしかないと思っています」
30歳を節目に、俳優として目指す姿とは!?
「自分の得意なことを伸ばす。そしてやり続ける。歳をとるごとにさまざまな発見がありますし、いいことも、恐怖心を感じるようなことも両方ある。僕は“これはしないほうがいいんだろうな......”と勝手に決めつけて萎縮してしまうようなところがあるので、もっと純粋に、仕事に対して楽しむ気持ちを持ち続けられたらと思います」
取材を終えて:こんな時代だからこそ見るべき、学びの多いドラマ
この『風の向こうへ駆け抜けろ』は、古内一絵さんの同名の小説『風の向こうへ駆け抜けろ』 (小学館文庫)が原作です。ストーリー自体はわかりやすく、挫折してどうしようもなく、人生にクサクサしている人々が、絶対にあきらめないマインドを持った才気あふれる情熱的な女性の登場をきっかけに、徐々に団結して夢を目指す、人間や馬の絆の物語。人も馬も苛烈な競争にさらされる競馬業界を舞台に、“子どもの頃に見た夢をどうやって叶えていくのか”というプロセスに焦点を当て、馬が大好きだったことから始まる夢が、大人になって現実のものとなり、挫折しながらもさまざまな人と出会い交流することで、“自分たちが本当に欲しかったものはこれなんだ!”という確信に至るまでが見どころです。そこに、男性優位の業界特有のゆがみ(ジェンダー問題)、中央と地方の格差、障がい者の働きかたといったさまざまな社会問題が絡んできて、見る人に問題提起します。
また、震災や新型コロナ禍といった未曾有の天災で自分の居場所を失う人が多いなか、「自分の居場所とは、人が与えてくれるものではなく、自ら見つけようと思って努力している人の前に差し伸べられるのではないか?」という気づきを与えてくれるドラマでもあります。瑞穂(平手さん)の成長と、光司(中村さん)の再起をかけたストーリーが、今現在ももがき続けている人々が一歩前に進むきっかけになれば、そんな強い思いが込められたドラマです。ぜひご覧ください。
また、震災や新型コロナ禍といった未曾有の天災で自分の居場所を失う人が多いなか、「自分の居場所とは、人が与えてくれるものではなく、自ら見つけようと思って努力している人の前に差し伸べられるのではないか?」という気づきを与えてくれるドラマでもあります。瑞穂(平手さん)の成長と、光司(中村さん)の再起をかけたストーリーが、今現在ももがき続けている人々が一歩前に進むきっかけになれば、そんな強い思いが込められたドラマです。ぜひご覧ください。
【中村 蒼(なかむら・あおい)】
1991年福岡県生まれ。2006年、寺山修司原作による舞台『田園に死す』で主演デビュー。以降さまざまな映画・ドラマ・舞台などに出演し、着実にキャリアを重ねる実力派俳優。2022年5月6日(金)より、主演舞台『ロビー・ヒーロー』が新国立劇場にて開幕予定。
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撮影/山崎ユミ ヘア&メイク/Kazuya Matsumoto(W) スタイリスト/秋山貴紀 取材・文/沖島麻美