MIKAKO BRADY × HIROE IGETA “ブライトンとトーキョー、今日も同じ空の下で”

日々モヤモヤと闘いながら生きている私たち。モア世代を代表し、われらがいげちゃんがより自分らしく、軽やかに生きるためのヒントをブレイディみかこさんに教わりました。

2022年MORE7月号掲載企画から、インタビュー記事をお届けします。

writer ブレイディみかこ

ブレイディみかこさん
“人間は幸せになるために生きていることを忘れないで”
ぶれいでぃ・みかこ●1965年福岡県生まれ。修猷館高等学校を卒業後、イギリスと日本を行き来しながら日系企業で数年間勤務したのち、保育士資格を取得。現在はイギリスのブライトン在住

model / actor 井桁弘恵

井桁弘恵
“ブレイディさんの本から、視野や価値観が広がりました”
シャツ¥24200/エンケル(ウル) パンツ¥37400/フィル ザ ビル マーカンタイル(フィル ザ ビル) イヤリング¥18700/リキッド

SPECIAL INTERVIEW

ブレイディさんの生き方や大事にしてきたことって?

ブライトンと東京の風景
井桁 同じ福岡県出身で、高校の大先輩! 対談のお話をいただく前からブレイディさんの著書を拝読していたので、オンラインですが、今日はお会いするのがとても楽しみでした。

ブレイディ 私もすごくうれしい!

井桁 現在はイギリス在住とのこと。学生時代を含めて、今に至るまでの経緯を教えていただけますか?

ブレイディ 高校時代、先生に自分の存在を否定されるようなことを言われたことがきっかけで、学校に反発ばかりする退学スレスレの生徒になってしまい……(笑)。日本の環境に生きづらさを感じていたし、イギリスの音楽が大好きだったので、ここならのびのび生きられるかもと思い、「もうイギリスに行くしかない!」って。

井桁 すごいエネルギーです。高校卒業時、進路のことは考えましたか?

ブレイディ 全然(笑)。バイトしてお金を貯め、初めて渡英したのが20歳。当時は学生ビザだったから、貯金が底をついたら帰国して日本で必死に働き、お金が貯まったら再びイギリスや近隣の国へ。20代はその繰り返しでした。

井桁 イギリスでの暮らしはいかがでしたか? 日本とは違いました?

ブレイディ 最初はロンドンに住みました。音楽好きの仲間とライブ帰りにパブでお酒を飲んだりすると、同世代でも当たり前に政治の話をするんです。私はと言えば、日本でそんな習慣がなかったから、「どう思う?」と聞かれても、何も知らないし、語れない。これはマズいぞと、語学のほかに政治についてもニュースや新聞で学びました。

井桁 それは私も耳が痛いです。結婚を機に移住、フルタイムで働くように?

ブレイディ そうそう、かれこれ26年になります。アイルランド人の彼と結婚前は、日系の新聞社でバイトとして電話番や記者のアシスタントをやったり、その流れで翻訳の仕事もしました。そのうち配偶者が住む、日本でいう鎌倉みたいな海辺のリゾート地・ブライトンへ引っ越し。息子を妊娠・出産したタイミングで、体に負担のかかる翻訳以外の仕事を探していた時に出会ったのが保育士。約20年前は政府が多様性を打ち出し始めた頃で、外国人でも保育士になれたんです。資格の勉強をするうち“子どもをきちんと育てることがやさしい社会をつくる”ことを痛感。これは面白そうだぞと思い、その世界へ飛び込みました。

井桁 興味深い展開です。どうやって執筆活動につながったのですか?

ブレイディ もともとパンクの神様と呼ばれる「セックス・ピストルズ」のジョン・ライドンが大好きで。ちょうど私が保育士になった2004年頃、彼のある番組への出演がきっかけで、なぜか日本のファンから猛バッシングを受けたんです。コメディの才能があり、哲学的でもある彼の魅力や真意を正しく伝えるために、ブログを立ち上げたのがきっかけ。それを見てくれた日本の出版社の人の目に留まり、「書いてみませんか?」と声がかかって。

井桁 昔から書くのは好きでしたか?

ブレイディ 高校時代に恩師でもある現代国語の先生から「書いてみたら」とすすめられたことはあったけれど、それが仕事になるとは思ってもみなかった。今思えばイギリスで保育士の資格を取得する時に、ミニ論文やエッセイをしょっちゅう書いていたのはいい訓練になっていたのかもしれません。

井桁 なるほど、点と点がつながりました。思いきりのよい人生に、憧れます。

ブレイディ 自分の気持ちの赴くまま、人との出会いという、完全に流れに身を任せる人生ですよ(笑)。

井桁 必要な出会いを敏感につかんで行動に移すパワー、私も欲しいです。

ブレイディ 私の場合はイギリスでしたけど、それはどこでも変わらないと思うんです。誰にでも素敵な出会いや経験はめぐってくるし、力になってくれる人は必ずいる。チャンスをつかんで自分のものにするためにも、頭と心をやわらかく保って生きることは大切ですよね。

20代の私たちがもっと“よく生きる”には何が必要?

ブレイディみかこさん
井桁 世間の常識に押しつぶされそうになったり、自分の考えや意見を貫くことが難しいと思っている人が、読者世代には少なくないなぁと感じます。

ブレイディ 社会・経済が不安定ですし、日本にはいまだに年齢的なプレッシャーもあるから、保守的にならざるを得ない状況ですよね。その中でみんな本当にがんばっていると思います。けれど、社会でも私生活でも、“いい子=誰かにとっての都合のいい娘”でもあるんです。もしもどこかに違和感を覚えていたり、無理をしているのであれば、いい子をやめてみるのも手だし、我慢ならない環境なら、思いきって逃げるのも人生の小さな革命のうち。

井桁 職場で声を上げるのは、矢面に立たされるという不安もありそうです。

ブレイディ ひとりで意見するのが難しいなら、頼りになるのはシスターフッド(女性の絆)。グチを現場で話し合い、意見として上司にきちんと伝えること。

井桁 日本には、「まだ一人前じゃないから意見を言う資格なんて……」という謙遜の文化も残っている気がして。

ブレイディ うーん、それは謙遜というより自己肯定力の低さからくるものかもしれません。ジェンダーギャップ指数が先進国で異常に低い日本の意識を変えるためにも、できるだけ発信していってほしいと思います。だって人間は幸せになるために生きているのだから。そうじゃない生き方は、なるべく手放していってほしいなと。また、発信や活動を続けることで、社会が抱えている問題が明るみに出たり、日本の社会を変えていけると思うので。

知識と想像力をもって相手を知ることで、より生きやすく!

井桁弘恵
井桁 なるほど。単なるわがままですまされないために、どんなことを身につけたり、習慣化するとよいですか?

ブレイディ 同じ意見や考えを持っていない相手に対しても、その人の立場だったらどうだろう? と想像できる力=エンパシーを身につけることでしょうか。私が住むイギリスは移民が多く、非常に国際色豊か。受けてきた教育、習慣、宗教も個人でまったく異なるので、相手のバックグラウンドを知り、知識を身につけるのは、大切なこと。

井桁 日本の社会でも同様に必要ですよね。ひとつの意見に凝り固まることは危ういし、怖いこと。意見が違うと、つい白黒つけたがりな日本人は、核心に触れないまま心を閉ざしたり、距離をとってしまうことが少なくないかも!?

ブレイディ 仕事でも、プライベートでも、“意見の食い違い”を認めあって初めて充実した会話ができるし、ちょうどいい落としどころがそれぞれの色(関係性)になる。それって人間としての深みになるんです。

井桁 今日お話ししてみて、相手を尊重することと自分の気持ちを押し込めることって似ているようでまったく違うんだということに気づきました。「周りから求められている自分」を自分自身で決めすぎずに、仕事もプライベートも過ごしていければ、と思います!

ブレイディさんがモア読者と語りたいこと。

【ブレイディみかこさん ×井桁弘恵スペシの画像_6
「『いい会社で働かなければ』、『20代で結婚、早めに出産するべきだ』————もしあなたが、固定観念や周りの価値観に違和感を抱いていたり、それによって気持ちをすり減らしているのなら、思考をゆるめたり、固まった心を溶かしてほしいと思います。世間の常識に身をゆだねるのって実はラク。だけどそれに縛られて、モア世代の皆さんは疲れてしまっているのかも。それまでの殻を破るのはそれなりのパワーが必要だけど、日本の女性はがんばる力も能力も十分に秘めている! 今こそ自分を縛る思い込みを解放してみて。20代は感覚が研ぎ澄まされている分、苦しいことも傷つくことも多いけれど、その分、いろんな影響を素直に受け止め、素敵な知識や経験をスポンジみたいに吸収できる時。どんどん変化していけるし、そこから広がる可能性って計りしれない。モヤモヤが晴れ、ますます楽しい人生が待っていると思うんです」(Mikako Brady)

【ブレイディみかこさんの作品】独自の視点で社会を切り取るエッセイや小説がいつも話題に!

『両手にトカレフ』

『両手にトカレフ』
長編小説連載が書籍化。イギリスの貧困家庭に暮らす中学生のミアが、ある日図書館で母に似た人物が表紙の本を見つけるところから物語が始まる。(ポプラ社 ¥1650)

『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』

『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』
多様性が求められるがゆえに、ときに混沌に陥ってしまう現代において「自分が自分らしく生きる」ためのヒントが詰まった一冊。(文藝春秋 ¥1595)

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
“元底辺中学校”に通う息子の日々を記したエッセイ。人種差別、貧困、社会の制度……壁に向きあって生きていく親子の成長物語。(新潮社 ¥1485)

MORE7月号から新連載がスタート。『心を溶かす、水曜日』

ブレイディさんが日本の20代と話して感じたことをつづるエッセイ連載。無意識のうちに自分を縛りつけてしまっている考え方を解放する言葉を毎月お届けします。

>>ブレイディみかこさん連載vol.01「たぶん愚痴から革命は始まる」
撮影/吉田 崇(井桁さん) Shu Tomioka(ブレイディさん) ヘア&メイク/河嶋 希(io) モデル/井桁弘恵(モア専属) スタイリスト/辻村真理 取材・原文/広沢幸乃 構成・企画/渡辺真衣(MORE)