ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』

日々のモヤモヤを、ちょっとだけグチりたい……。そんな悩めるMORE読者世代の女性たちに贈る、ブレイディみかこさんからのメッセージ。「がんばったのにまだ週の半分……」とため息が出そうな水曜日の私たちを、言葉と共に解放してくれるエッセイ連載です。

首都圏は、マウンティングの材料が多すぎる!?

マウントをとりあう女性のイメージ

最近、MORE世代の女性たちとの座談会で盛り上がったトピックの一つに、「マウンティング」があった。

「首都圏の女性たちにはマウンティングの項目が多い」

とWさんが言ったのがきっかけである。Wさんによれば、地方の女性たちにも「恋人がいるか」とかそれなりにマウンティング項目はある。しかし、東京に出てきて実感しているのは、首都圏に住む女性たちには「住んでいるエリア」「どんな友達とつきあっているか」「持っているバッグ」「どこに旅行にいっているか」など、マウンティングの材料が多すぎるというのだ。

そんなWさんは、今夏、映画『バービー』を観て泣いてしまったそうだ。どうして女性はこんなにあれこれ言われなくてはならないのだろうと思って悲しくなったらしい。痩せたら痩せたで何か言われ、太ったら太ったと言われ、女性たちは袋小路ではないかと。バービーがいろいろなことに縛られているのは、首都圏の女性たちのマウンティング項目の多さと表裏一体な気がして、たまらない気分になったそうだ。

「マウンティング」というのは、動物が一対一で相手の体の上にまたがったり、乗ったりする行為を指すらしい。犬などもよくこれをやり、疑似的な交尾行為(発情期のオス犬がメス犬によくやる行為だ。実家の愛犬も最近よく散歩時にやるらしく、妹が困っている)であり、上下関係を示すための行為でもあるという。疑似的な交尾行為が上下関係を示す行為でもあるとか言われると、フェミニスト的にはめっちゃ嫌な言葉だが、これを人間界にスライドさせると、「自分が相手よりも優位であることを示そうとする行為や振る舞い」になるのだという。

マウンティングが起こらなくなる時は……

マウントをしなくなった様子

まあこれは、むかしから「自慢が多い」、「見栄っぱり」などと呼ばれて嫌われてきた人々のタイプで、若い時はホルモンが活発で闘争心も旺盛になるせいか(やっぱり犬のマウンティングと同じなのだろうか)こういう人は多い。だが、年を取ると落ち着いてくるように思う。大人になっていろんなことを経験すると、こういう他者への態度は処世術として機能しないとわかるようになるからだ(まれに、年を取ってもわかってない人もいるが)。

「マウンティングは30歳ぐらいで終わるように思います」

と言ったのはTさんだった。

「年齢と共に、本当に仲のいい少数の友達だけが残っていくから、みんな生きていきたいように生きている。結局、マウンティングの取り合いが始まるのは、直近じゃないコミュニティの中なんですよね」

マウンティングを取りにくる誰かにモヤついている水曜日の夜。思い浮かべてほしいのは、別の犬にまたがろうとしている犬の姿だ。これだけでアホらしくなって、どうでもよくなる人もいるだろうが、さらに考えてみよう。「居住エリア」、「交友関係」、「バッグ」、「旅行先」。これらのマウンティング項目には、自慢している本人に由来することが何もない。どこかのエリアが人気なのはその人が住んでいるからではないし、どんな友達がいたってその人はその人だ。ブランドのバッグだってその人が作ったわけじゃないし、パリが美しいのもその人とは無関係だ。つまり、「直近じゃないコミュニティ」でマウンティング項目になるのはこの程度のものなのだ。「自慢」というより「他慢」である。

翻って、女性が人からあれこれ言われる項目も、わたしたち自身がどういう人間であるかということとはあまり関係ない。痩せていようが太っていようが、私は私だ。本質には変わりない。そうわかったら、時間なんて気にしないで冷蔵庫のアイスを食べちゃおう。そう、いまこの至福の時間をエンジョイしているのが、誰よりも自分の直近にいる私なのだ。

PROFILE

ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数

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イラスト/Aki Ishibashi