アカデミー外国語映画賞を受賞したことでもの画像_1

今年のアカデミー賞で外国語映画賞に輝いた、アスガー・ファルハディ監督作をご紹介。トランプ政権による入国制限命令への抗議のため、授賞式への出席を監督や主演女優たちがボイコットしたことでも注目されました。監督は2012年に製作された『別離』でも同賞を受賞しているイランの名匠です。イランと言えば、文化イスラム指導省による厳しい検閲が行われている国。中には映画製作を20年間禁止されながらも、めげずに社会的な作品を国際映画祭で発表し続けている反骨のジャファル・パナヒ監督という人もいるのですが、本作のファルハディ監督の立ち位置は対照的。私たちの人生にも置き換えられる普遍的な人間模様をテーマに、綿密な脚本と繊細な構成によって、鋭く深層心理をえぐる作品を撮り続け、検閲をパスしています。 主人公は新しいアパートに引っ越したばかりの教師エマッドと妻のラナ。所属している小さな劇団の「セールスマンの死」の初日を迎えた夜、一足早く帰宅したラナが侵入者に襲われる事件が発生します。実はこの描写、直接的に描かれるわけではなく、近所の人たちの証言やラナの痛々しい姿などから、観客に何が起こったのかを想像させる見事な演出。すぐに「警察に行こう」とラナを説得するエマッドですが、事件を表沙汰にしたくない彼女は頑に拒み続けます。被害者の立場なのに、周囲からの視線を恐れて泣き寝入りしてしまうラナを見ていると、文化や国の違いを超えて、性犯罪がいかに卑劣かを実感させられます。そしてこの事件をキッカケに、夫婦の日常が激変。徐々に亀裂が入っていくのです。 特に印象的なのが、夫エマッドの変化。生徒たちに好かれる教師として、俳優として、文化的な生活を送る冷静な人物だったにもかかわらず、いつしか傷ついた妻の心情を理解して側に寄り添う事ではなく、自分の怒りをぶつけるために犯人を見つけ、復讐を果たそうとする直情的な一面が明らかに。物語の後半には事件の真相が解明されますが、それでも何が正しいのか、どう対処するのが正解だったのか、簡単には答えの出ないモヤモヤとした思いが残ります。ちょっとした不注意や意見の食い違いをキッカケに、それぞれが被っていた仮面がはがれ、愛し合っているはずの夫婦の絆さえも壊れてしまう様子からは、人間関係の脆さを痛感。決して後味のいい作品ではありませんが、上質で濃密な心理ドラマは見る価値アリです。元気なときにぜひ! (文/松山梢) ●6/10〜Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー ©MEMENTOFILMS PRODUCTION-ASGHAR FARHADI PRODUCTION-ARTE FRANCE CINEMA 2016

映画『セールスマン』公式サイト