【射手座】哲学派占い師SUGARさんの12星座占い<10/17~10/30> 月のパッセージ ー新月はクラい、満月はエモいー

12星座全体の運勢

「幻想の外へと飛び出して!」 

日増しに気温の下がり始める「霜降」が近づき、蟋蟀の鳴き声もいつの間にか聞こえなくなってくると、ますますひんやりとした秋の夜長を愉しめるようになってきますが、そんな中10月20日にはおひつじ座27度(数えで28度)で満月を迎えていきます。 

「大胆な行動」を促す火星や「根本的な変容」を司る冥王星を巻き込む形で配置される今回の満月のテーマは、「子宮内幻想からの脱皮」。これまで無意識的に調子をあわせてきた理想像だったり、なんとなく正しいとされ従ってきた決め事だったり、それらいつの間にか色あせてきつつあった馴染みの「幻想」をいよいよ破棄し、もっとおのれの欲望に忠実になっていくためのきっかけや実感を掴んでいくにはもってこいのタイミング。 

ちょうど秋の日の暮れやすいことの喩えで、よく「秋の日はつるべ落とし」などと言いますが、人によっては「つるべ」を井戸の中に落とすときのように、急速に意識が切り替わっていきやすいでしょう。 

さながら一度も離れたことのない塔から脱け出していくラプンツェルのように、「こうしておけば無難で安全」という領域の“外”へと思い切って飛び出していきたいところです。 

射手座(いて座)

今期のいて座のキーワードは、「華厳」。

射手座のイラスト
デカルト以降の、近代のいわゆる機械論的なものの見方というのは、言ってみれば事物を細部の原因へと分解していって、そこで見つけた既知の諸要素から、部品を組み立て直すようにして世界を説明しようとするものでした。 
 
その意味で、機械論というのは「多の一」の思想と言うことができますが、これだと本当には新しいものは生み出されてきません。だから、そもそも部分があるためには、その大元に一つのトータルな、さまざまな矛盾や対立をはらんだ全体がないといけないという「一の多」みたいな逆転の発想を、二十世紀になって欧米でもベルクソンやホワイトヘッドなんかの哲学者たちが指摘し強調するようになっていった訳です。 
 
ただ、日本にはもともとそういう「一の多」みたいな発想は近代以前から根付いていたんです。それが密教と融合して土着化した華厳経の思想で、奈良の東大寺の大仏に象徴される形で、それは日本人の文化のなかに広く深く生き続けてきました。そのことについて、仏教学者の鎌田茂雄は『華厳の思想』のなかで次のように述べています。 
 
名もなきもの、微小なるもののなかに無限なるもの、偉大なるものが宿っているという「一即多」の思想は、日本人の生活感情にもぴったりするものがあった。野に咲く一輪のスミレの花のなかに大いなる自然の生命を感得することができるのは、日本人の直感力による。華道や茶道の理念にもこの精神は生きているのである。(…)たとえば明恵上人は高山寺の森のなかで一輪のスミレを見て、スミレの花のなかに宇宙の秘密を見出そうとした。あるいはスミレの葉の上に一滴の露が宿っている、そこに朝日が輝いてキラッと映る、この一滴の雫のなかに全宇宙が映し出されるとする。(…)自然科学的な目で見れば何も映らない。露はどこまでも露で、日が当たれば溶けるだけである。H2Oが分解したというようなもので、何も映らないのだが、すぐれた直感力で見ると、そういうものが見えてくるのである。」 
 
こういう「一の多」の「一」というのは、先取りされた虚構であり、幻影でもある訳ですが、そういう現実をそっくり包み込む大きな全体のようなものが感じ取られるプロセスが止まってしまうと、機械と生命とか、主体と対象といった、一方が他方に従属する二項対立しか残らなくなってしまう。それは、現代のグローバリズムが描き出す過程の一部にどこまでも現実が還元されていく世界ですが、今期のいて座は、そうした現実世界を超える発想を、改めて発見し直していきたいところです。 
 
 
参考:鎌田茂雄『華厳の思想』(講談社学術文庫) 
<プロフィール>
應義塾大学哲学科卒。卒業後は某ベンチャーにて営業職を経て、現在西洋占星術師として活躍。英国占星術協会所属。古代哲学の研究を基礎とし、独自にカスタマイズした緻密かつ論理的なリーディングが持ち味。

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