「結婚を意識すると恋愛ができない」。条件を超える出会いの場とは?【ブレイディみかこ連載】
ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』
vol.12 「コンカツ」について考える
二十代~三十代の女性たちとの愚痴座談会でときどき出てくるのが、結婚願望の話だ。最初の頃、私はこれにかなり驚かされた。「恋愛」はユニバーサルな若者の悩みとして理解できる。が、「結婚」とは、いかなるお悩みなのだろう?
というのも、私の住む英国ではパートナーとして恋人と一緒に暮らしている人はたくさんいるが、二十代の若さで真剣に「結婚」に向けてのプランを立て、相手を探している若者には男女ともに会ったことがない。
そういえば、日本には「婚活」という言葉もあるな、と思って英語で何と訳すのか調べてみた。そういう活動は英国では聞いたことがないからだ(ハイソな階層ではあるのかもしれない)。調べてみると、どうやら英語でも「コンカツ」とそのまま使うらしい(「ヒキコモリ」をそのまま横文字にするのと同じだ)が、「マッチメイキング」という訳語も出てきた。でも、これは出会いを仲介することを意味する言葉だから、「婚活」みたいに当事者が行うことではない。もっと適切な訳語があるはず、と思っているとすごいのが出てきた。「ブライド・ハンティング」、「ハズバンド・ハンティング」だ。身もふたもなくストレートな表現だが、たしかに、配偶者をハンティングすることには違いない。婚活者たちは、狩人だったのか。
しかし、このハンティングでは、愛を捕獲することは難しいと言ったのは、愚痴座談会に出席していたSさんだ。彼女はこう語った。
「私は結婚願望が強いほうなのですが、結婚前提にすると相手の悪いところばかり見て、マイナスばかり目立つようになって……」
人生をともに歩く人だから、と考えると慎重になって、つい重箱の隅までつついてしまい、疑問を感じる部分を発見してしまうのだろう。
「アプリで出会った人と交際が始まっても、結婚を意識すると、年収の問題にぶつかって、なんとなくそれきりになってしまうんです」と言ったのは、できれば三十歳になる前に結婚したいと言うTさんだ。ふたりとも、婚活すると恋愛できなくなると言っている点で同じだ。その理由はハンティングという言葉が示しているように思う。そもそも、恋に落ちるという言葉もあるように、恋愛は、目的が先にあってそれに見合った相手を探す行為とは違う。それに、たとえ「これでいい」と判断して結婚しても、景気の動向や相手の運、体調などで年収は上下するし、性格だって時がたてば変わってくる。ハンティングした相手を今の状態で剥製にでもできない限り、婚活における判断は未来の安定を保証するものではない。第一、目的ありきのつきあいだと、自分の利益に合わない相手の長所は見逃してしまうだろう。
一方で、心温まる話だと思ったのは、アプリ婚活がうまくいかないともらしたTさんが、こんな興味深い体験を聞かせてくれたことだった。
「マッチングアプリを使って、いいこともありました。恋愛には至らなかった男性と、すっかり友達になっちゃって、いいつきあいが続いています」
狩人スピリットから自由になれば、相手のいいところが見えてきて、友達になれたということらしい。目的から解放されたら、うまくつきあえることもあるという見本のような話だ。考えてみれば、Tさんの友達関係が数年後には別のものに発展しないとも限らないし、そうならなかったとしても、彼女はいろんなことを話せる貴重な友達を得たのだから、それも素敵だ。
さて、いつものように水曜日がやってきた。週末のハンティング活動の予定を入れることに余念のない狩人のみなさんもいるかもしれない。でも、ちょっと立ち止まって考えてみよう。目的ありきで品定めをしあう行為だけがあなたを幸福にするのだろうか。年収とか欠点とかの条件を超えた誰かとの出会いは、ひょっとすると「偶然」という場所に転がっているものなのかもしれない。
PROFILE
ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数
イラスト/Aki Ishibashi ※MORE2023年8月号掲載