ドラマチックな出来事は案外、何気ない日常の中にある!? 映画『ミス・シェパードをお手本に』
電車の中で老人に席を譲ったとき、断られるとなんだか残念な気持ちになることがあります。この映画の主人公のモヤモヤはもっと深刻で、時に相手を「絞め殺してやりたい」と思ってしまうことも。主人公とは、トニー賞を受賞するなどイギリスを代表する劇作家のアラン・ベネット。そしてその相手とは、彼の自宅の駐車場にオンボロ車で居座り続け、15年もの間、奇妙な共同生活を送ったミス・シェパードという老婦人のこと。これは、人気劇作家の身に起こった実話をもとに書かれた回想録の映画化で、イギリスを代表する大女優のマギー・スミスがミス・シェパードを演じたヒューマンドラマです。 舞台は多くの文化人が暮らすロンドンの閑静な住宅街、カムデン。黄色い車で自由気ままに暮らすミス・シェパードに対し、路上駐車をとがめられている姿を見かけた劇作家のベネットはある日、親切心から自宅の駐車場をひとまず避難場所として提供。ところがそれから15年。お礼を言うどころか悪態をつくばかりのシェパードは、高飛車な態度や突飛な行動、鼻を突く悪臭を振りまきながら、駐車場に居座り続けていたのです。そんな彼女に頭を抱え「絞め殺してやりたい」と思いながらも、なぜかフランス語が堪能で音楽にも造詣が深い彼女に作家として惹かれ、不思議な友情も芽生えていきます。 映画ではミス・シェパードの知られざる過去が明らかになるのと同時に、ベネットの作家としての葛藤が描かれているのもポイント。年老いた母親についての退屈な戯曲を書いていたベネットは、たまに実家を訪ね、ゲイとしてひとり気ままに暮らし、ミス・シェパードに悪態をつかれても強く言い返すこともできない気弱で平凡な男。ただし、15年間ホームレスと共同生活していたという驚くべき経験を通し、「私にはパッとした出来事は起こらないが、それもよしだ。これが私の人生。持ち札で勝負を続けるしかない」と受け入れ、ミス・シェパードは書くために自分に与えられたかけがえのない出会いだったと気づくのです。ドラマチックな出来事なんてそうそう起こらないよな〜と思うこともあるけれど、実は自分が置かれている環境を見渡せば、おもしろい出来事や魅力的な人たちが、案外たくさん隠れているのかもしれない。日常をおもしろがる喜びとヒントを教えてくれる作品です。 (文/松山梢) ●12/10〜シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー ©2015 Van Productions Limited, British Broadcasting Corporation and TriStar Pictures,Inc. All Rights Reserved.