生田斗真さんがトランスジェンダーの女性役に挑戦した映画『彼らが本気で編むときは、』がいよいよ、2月25日(土)に公開される。『かもめ食堂』『めがね』などを手がけてきた荻上直子監督の最新作であるこの作品は、主人公・リンコ(生田斗真)とその恋人・マキオ(桐谷健太)が暮らす部屋に、母親に置き去りにされたマキオの姪・トモ(柿原りんか)がやってくるところから始まる。3人の温かな共同生活を軸に、LGBTの問題だけでなく、さまざまな家族の形や女性のあり方が描かれる本作について、物語のキーパーソンとなるトモの母親・ヒロミを演じたミムラさんにうかがいました。

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水彩みたいな美しい発色の物語に落ちる、べとっとした油のような役。 役者としては“腕が鳴る”ところではありました。

ーー物語の始まりは、ヒロミとトモが暮らす部屋。そこでまだ小学生のトモがコンビニのおにぎりばかりを食べている描写や、朝帰りしたヒロミが酔って吐いてそのまま寝てしまうシーンが印象的です。今回の役柄を最初に聞いたときは、どう思われましたか? 「この役をいただいたとき、“重いな”っていうのはまず思いました。物語全体では、荻上作品らしい観ているだけで癒される映像とか心が温まるような会話もたくさんあって、いい人間関係もたくさん描かれていて。だからこの中でヒロミがどういうふうに見えるのがいいか、ずっと考えていました。いい意味での異物感というか。 この作品に出てくる人たちは、リンコさんをはじめ、“できた人”が多いんです。自分の息子が娘になることを受け入れたリンコさんのお母さんとか、夫に裏切られても待ち続けて自分の納得のいく終わり方をしたヒロミの母親とか、いろんな“いい女性”のサンプルが出てくる。そのなかで、ヒロミは“こんなふうに生きられたらいいのに”という理想からはみだしてしまって、じたばたしている人。リンコさんにはサポートしてくれるマキオがいて、もしかしたらトモと3人で親子になれるんじゃないかっていう“未来の余地”みたいなものもあるのに、ヒロミの先々はほんとに見えない。ぐちゃぐちゃで、まったく整理されてないんですよ。でも、ダメなところはみんな持っているし、現実ってこんなふうに“ままならない”ものだとも思うので。他の人が透明水彩みたいな美しい発色をしている中に、ひとりだけべたっとした油が落ちるような、そんな存在としてとらえていました。荻上監督の作品は全部観てきていて、この感じは今までにはなかったと思うので、そんな表現がうまく伝わるよう願っております(笑)」 ーーとはいえ、なかなか心情を理解したり、気持ちに寄り添うのが難しい役どころだと思うのですが……。 「役を作るうえではわりとあれこれ調べるタイプで、今回も本を読んだり映像を見たりしました。そのあとでヒロミのセリフを読み直して思ったのは『この人全部ホントじゃないこと言ってるな』っていうこと。本音からの言葉っていうのがないんですよね。 だけど、唯一本音といえるのが、トモを迎えにいったクライマックスのシーンで彼女に真正面から気持ちをぶつけられた時に出た『わかんない』っていう言葉。子供っぽく情けない逃げ言葉だけど、でもそれがヒロミの本音なんです。あの年齢になって、母親になって、働いてもいるのに『わかんない』んだっていう怖さ。 でも一方で、これって実はみんなけっこう抱えてることじゃないか、そうはなりたくないけど現実ってこういうことあるよねって、腑に落ちるところもありました。他の登場人物たちはできすぎるくらい自分の気持ちを言葉にできていて、それはファンタジーといえばファンタジー。ヒロミのように、必ずしもみんな自分の思ってることをちゃんと言葉にできるわけじゃないっていうのがリアルだと思うので。だからヒロミに対する不明な感じや違和感は抱えたままのほうがいいのかなと思っていました。明るくて楽しいことがたくさん描かれていて、“いいな、素敵だな、こんなふうに生きられたらいいな”っていうところから、ヒロミの存在によって“観る人が何を持ち帰ってくれるのか”っていう選択肢がばっと増えると感じたので、そのあたりは役者としては腕が鳴るところではありました(笑)」 ーー3人が暮らす部屋へ、ヒロミが突然トモを迎えにくるクライマックスのシーンは、なんとワンカットで撮影されたそうですね。 「なかなかしんどかったですね(笑)。5分以上のワンカットを10テイク以上撮ったんじゃないかな、たぶん。監督は、お母さんにぶつける気持ちを強く出してほしいから、トモがヒロミを叩く勢いを強くしてっておっしゃっていて。それを繰り返していたら、最後は(トモ役の)りんかちゃんの手が内出血しちゃって、終わったあと真っ青になってました。 それまではりんかちゃんとは仲良くならないように気をつけていて、話もあんまりしなかったんですけど、あれだけずっと同じシーンをやってると、運命共同体みたいになってくるんですよね。年齢とか関係なく、なんかつながるものが出てきて。彼女がお芝居で揺らいだところを私がもらえるところもあったし、逆に私が意図しないで変わっちゃったところを彼女がすくってくれたところもあったし、あのシーンで初めて“呼応”っていうものがあったんだと思います。たぶん一発でやらないと出ない良さもあれば、回数を重ねないと出てこない良さもあると思うので、何回もやってよかったのかな、と。りんかちゃんも私も泣きすぎて目が土偶みたいになっちゃって、疲れ果てましたけど(笑)、やり応えはありました。」

【2/25(土)公開! 映画『彼らが本気の画像_2

“これもあれもやりなさい”じゃなくて“これもあれもやっていい”。 そう思えたら、女性は幸せなんじゃないかな。

ーー先ほど「“いい女性”のサンプルがたくさん出てくる」とおっしゃっていましたが、さまざまな女性の姿や家族の形が丁寧に描かれているこの映画を観て、女性の目線でどんなことを感じましたか? 「私自身、ちょうどお正月休みのあいだに学生時代の友達と会ったりしたんですけど、結婚して子育てしながら働いてる友達ばっかりで。子供をどこに預けるとか、実家の近くに引っ越すとかっていろんなことが出てくる年代なので、“お母さんだし、働いている”っていう共通点はあるけれど、ひとりひとり状況は大きく違うことがわかりました。 そんな話をしていて、みんな大変だなって思う反面、でも今の時代ってこれだけ多様性があるんだよねっていうのも思って。たぶんこの多様性と世間とか自分を、ヒロミももっと信用して、直面している問題に対して“今はいったん置いておこう”と思える人だったら、こんなにぐちゃぐちゃにはなってないと思ったんですよね。母としてっていうところもあるし、自分の母親に対して娘としてどう振る舞うか、恋人に対して女としてどうなのか、社会人としてどうなのかっていういろんな立場を持っているのを、ヒロミはひとつにしなきゃって、もがきすぎてがんじがらめになった気がします。 でも、女性のいいところは、そういうのを全部別々にしていられるところじゃないかなと個人的に感じていて。たとえば、友達が友達として私に接しているときと、母親として子供に接しているときに全然違う人だったりもするわけですよね。で、その途中に実家のお母さんから電話かかってきたときの対応とかも違ったりする。そうやって“違っていいんだよね”っていうのがすごくあって。それができないと逆に苦しい時代でもあると思うので、要所要所においての自分っていうのは“わけていい”。 妻であり、母であり、社会人であり、“これもあれもやりなさい”って言われてるようだけど、でも“これもあれもやっていい”っていう選択肢を与えられている部分もあると思うんです。育児をやってた人が仕事に行って息抜きになることもあるでしょうし、仕事がままならないときに家族に甘えることがリフレッシュになることもあるでしょうし。“違う”っていうことに混乱するんじゃなくて、うまく“別だな”っていうふうに思えると、たぶん女性は日々がうまくいくんじゃないかな。最近は、そんなふうに感じています」 【プロフィール】 1984年6月15日、埼玉県生まれ。2003年、ドラマ『ビギナー』で主演デビュー。近年の主な出演作は映画『後妻業の女』『カノン』、ドラマ『トットてれび』『そして、誰もいなくなった』(すべて2016年)など。今後も、舞台『人間風車』(9月~上演予定)など話題作が待機中。また執筆活動も行い、現在も新聞と週刊誌にて2つのコラムを連載中。

映画『彼らが本気で編むときは、』

小学5年生のトモ(柿原りんか)は、母のヒロミ(ミムラ)が男を追って姿を消してしまったことから、叔父であるマキオ(桐谷健太)の家へ向かう。そこにはマキオの恋人でトランスジェンダーの女性、リンコ(生田斗真)がいた。一緒に暮らすうちに、母よりも愛情を注いでくれるリンコに信頼を寄せていくトモ、そんなトモに愛おしさを覚えるリンコ、ふたりを優しく見守るマキオは、かけがえのない幸せを感じるようになる。永遠に続くかと思われた3人の日々。しかし突然、ヒロミが帰ってくる――。 脚本・監督:荻上直子 出演:生田斗真 桐谷健太 柿原りんか ミムラ ほか 配給:スールキートス ●2/25(土)~全国ロードショー 第67回ベルリン国際映画祭 パノラマ部門・ジェネレーション部門正式出品作品

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撮影/古谷 勝 ヘア&メイク/小森真樹 スタイリスト/松本人美 スカート/trois イヤリング/JewCas ネックレス・リング/agete ブラウス/スタイリスト私物