12星座全体の運勢

「先見の営み」 

暦の上では春となり、旧暦では一年の始まりとされた「立春」直前の2月1日には、新たなスタートを先がけるようにみずがめ座12度(数えで13度)で新月を迎えていきます。 

秩序と権威を司る土星と重なり、変革と逸脱を司る天王星と鋭い角度でぶつかりあう今回の新月のテーマは、「先見」。すなわち、近い将来へのプランニングです。 

動物は秋口になると、冬の厳しさに応じて毛皮が厚くなるものですが、そうした近い将来へ向けた準備と計画が可能なのは、未来の可能性がすでに現在において作動しているからに他なりません。それと同様、今回の新月においてもいかに時代の流れがどこへ向かって変化しつつあるのか、そして、今の自分は新しい流れと古い流れのどちらに属しているのかといったことをきちんと見極め、ごまかさずに認識していけるかどうかが問われていくはず。 

例えば、この時期の季語に「明告鳥(あけつげどり)」というものがあり、これは早朝に夜明けを知らせるように大きな声で鳴くニワトリの異名ですが、これは毎日必ず東から朝日が昇るという周期的プロセスを認識すること、誰よりも早く夜明けの兆しに気付くこと、それから気付いたことを周囲に分かるように伝える手段を持っていることという、三つの条件がそろって初めて成立している先見の営みの好例と言えます。 

今期の私たちもまた、夜明けの到来だけでなく、どんなにかすかでも未来へ通じる兆しをいち早く感じ取り、その見通しを知らせるニワトリとなって、希望を広げる一助となっていきたいところ。 
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魚座(うお座)

今期のうお座のキーワードは、「自分の根源的な人間性から話す」。

魚座のイラスト
「なぜ、私が、いま苦しまなければならないのか。私が悪いというのなら教えてくれ。」 
突然の災難によって財産も家族も健康も失ってしまった苦悩のただ中で、慰問に訪れもっともらしい言葉をかけてきた友人たちに、魂の底からこう訴えたのは旧約聖書の『ヨブ記』の主人公のヨブでしたが、現代日本においてもこうしたヨブの陥った困難な状況や悲痛な叫びに共感する人は決して少なくないように思います。 
 
ただ、そのほとんどは、あまりに強力でもっともらしい「友人」たちの言葉に支配されることもなく、かといって、ヨブのように自暴自棄になって「生まれた日を呪う」こともなく、人生という解くことのできない謎に、謎として向き合うことさえできないでいるのではないでしょうか。 
 
現代であれば、ヨブと同様の状況に置かれれば、まず間違いなく「うつ」と診断され、然るべき治療を施されるはずですが、ヨブ記の物語はあきらかにその代案を提供しています。 
2003年にコスモス・ライブラリーから刊行された『ヨブ』の序文を書いたトマス・ムーアは、自身のカトリックの修道僧や心理療法家としての経験から、「健康、愛、財産を失った人は、自分の根源的な人間性から話す以外にない」と述べ、それは単に「愚者になったという感覚」に苛まれる状態から「聖なる愚者」へと移行するイニシエーションでもあるのだとして、次のように書いています。 
 
なぜ無垢で献身的な人物が苦しまなければならないのか?彼を黙らせるために『ヨブ記』は言う。このもっとも基本的な問いに直接的かつ簡単な答えはない、と。神秘と人間の能力のバランスは、この問いが謎として捉えられなければならないほど不均衡になっている。その答えは笑えるほどまわりくどいものだろう。私たちは、自分の知性、分析、方法、道具、言葉、百科事典的な知識の蓄積をあまりにも信頼しすぎている。私たちは、沈黙について雄弁に語る古代の知恵を忘れてしまった。それは自分の言葉を空っぽに保ち、自分の思考を謙虚にすることをアドバイスしている。」 
 
たしかに物語では、ヨブの生活と財産は、彼が嵐の中から響いた「神」の声を聞き、沈黙の価値を発見した後に、もとの三倍となって戻されました。なにより、みずからの知性の無意味と限界を知りつつ、「話すことができないけれども話さなければならないという逆説」を土産として。 
 
同様に今期のうお座もまた、程度こそ違えど、こうしたヨブの物語に示されたイニシエーションをくぐり抜けていくことになるかも知れません。 
 
 
参考:『ヨブ記』(コスモス・ライブラリー) 
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<プロフィール>
慶應義塾大学哲学科卒。卒業後は某ベンチャーにて営業職を経て、現在西洋占星術師として活躍。英国占星術協会所属。古代哲学の研究を基礎とし、独自にカスタマイズした緻密かつ論理的なリーディングが持ち味。
文/SUGAR イラスト/チヤキ