最近発売された話題の本や永遠に愛される名作などから、キーワードに沿った2冊のイチ押し&3冊のおすすめBOOKをご紹介します。

【今月のキーワード】目に見えないものを描く物語

小林エリカは不思議な作家だ。目に見えないものを追い続け、聞こえない声に耳をすませ、歴史の隙間から小さな痕跡を拾い出す。語られ、記されたことの千倍も万倍も億倍もあるはずの、語られなかったこと、人が抱えるささいな瞬間に目を向ける。目と耳、指先、世界の各地を歩いた足、自身の記憶も心の動きも総動員して、遥かなる時間をさかのぼり、物語に形を与える。その表現は小説にとどまらず、漫画、ドローイング、写真や映像、立体作品までが有機的につながって世界を立体化していく。数多くある作品の中から、ここでは最新小説『トリニティ、トリニティ、トリニティ』と長編漫画『光の子ども』を取り上げたい。小説の舞台は2020年の夏。東京で開催されるオリンピックを目前に、街は喧騒と暑さ、聖火を待ち望む空気に彩られている。光に惹かれ、火に魅せられた人間。赤い血に連なる母と娘。遠い記憶と黒い石。作家が自らの指に火をともした(!)この本のカバー写真が、夜明けの光のような神聖さで誘いかけ、リズミカルでコミカルな筆致が熱を描いて迫りくる。

【イチ押しBOOK1】小林エリカ『トリニティ、トリニティ、トリニティ』

2020年の東京が舞台、小林エリカ著の長の画像_1
2020年の東京という、ごく近くにある未来を舞台にした長編小説。「目に見えざるもの」の怒りが人々を動かし、世界が刻々と姿を変えていく。時間も空間も軽やかに飛び越えて未来の姿を描き出す、美しくも恐ろしい物語。(集英社 ¥1700)

【イチ押しBOOK2】小林エリカ『光の子ども』③

光の作家は『光の子ども』で漫画という表現の新しい扉を開け放つ。1896年の明治三陸地震と放射能の発見、1900年のパリ万博、そして21世紀の福島に生まれた光という名の少年。離れているはずの時間と存在が、アートと科学が、作家の想像力に包まれて、交差したり交代したりしながら進んでいく。想像力とはつまり治癒力で、ファンタジーとは何よりも温かい力なのだ、と実感する、センス・オブ・ワンダーのきらめきに満ちた長編漫画。
2020年の東京が舞台、小林エリカ著の長の画像_2
光を求め、放射能を見つけ、歴史を織り上げていく人間の姿。希望と欲望が渦巻く歴史の中へ飛び込んだ少年・光と猫のエルヴィンに連れられて読者も一緒に旅をする。今秋刊行された3巻で第一部が完結した。(リトルモア ¥1800)

『人間』『わたしのいるところ』『マツオとまいにちおまつりの町』【オススメBOOKはこの3冊】

2020年の東京が舞台、小林エリカ著の長の画像_3
『人間』/又吉直樹
作者は複雑さを愛している。若者、かつての若者、愛と友情、芸術と日常が矛盾し変化するそのままの姿で書きつけられる。38歳の語り手と、ふと甦る遠い時間。《人間をやるのが下手》な人間を描く長編小説。(毎日新聞出版 ¥1400)
2020年の東京が舞台、小林エリカ著の長の画像_4
『わたしのいるところ』/ジュンパ・ラヒリ 〈訳〉中嶋浩郎
そぞろ歩きのように思いは流れ、雑記のように小説は進む。イタリアのとある町に住む、《孤独でいることがわたしの仕事》という女性の静かな物語。日差しと愛の温かさを感じる『日だまりで』は特におすすめ。(新潮社 ¥1700)
2020年の東京が舞台、小林エリカ著の長の画像_5
『マツオとまいにちおまつりの町』/スケラッコ
不思議と現実は地続きで、その道行きには笛の音が鳴っている。にぎやかな音とおいしい匂いとソワソワワクワクも充満する。ページの端まで描き込まれた絵を追い、目と心が動き回るのが楽しいフルカラー絵本。(亜紀書房 ¥1600)
原文/鳥澤 光