映画監督・安藤桃子さん 初エッセイ集で語る、人生でたくさんの愛に出会う生き方とは?【インタビュー・前編】
先日、エッセイ集『ぜんぶ 愛。』を上梓した映画監督の安藤桃子さん。本作では、コンプレックスに悩んだ思春期にロンドン留学したことから、30代を迎えて高知に直感的に移住を決めた話、さらには、子育て、映画や生活の話……etc. 自身の半生を振り返りながら、人生で出合ったすべてのものへのあふれんばかりの愛を綴っています。その自由でクリエイティブな生き方は、私たちにたくさんの生きるヒントや勇気を授けてくれるはず。どんなお悩みも愛に包み幸せに変換してくれる、桃子さんのハッピーボイスを【前編】【後編】に分けてお届けします。
「愛あふれる人間関係は、自分に素直になれた時から生まれた!」
――このユニークなエッセイを読み終えて『ぜんぶ 愛。』というタイトルはぴったりだなと感じました。波乱万丈な半生が綴られていますけど、安藤さんが人生で出会ったものへの愛がたくさん綴られているなと。
安藤さん「うれしいです! “愛”って言葉は巨大でとっても強い言葉だから、タイトルに使うのには少し勇気が必要でした。今の時代、愛や優しさが表現しにくい時もあるかもしれません。だからこそ、絶対に変わらないことをタイトルに込めたかった。装丁の絵も描かせて頂いたんですが、何も頭で考えずに筆を進めたら、自然とたくさんの色や形が出てきて、最初に描いた真ん中には変わらない大切なものがあって、それをたくさんの色が包んでいるようなイメージが浮びました」
――本書で印象的だったことのひとつは、安藤さんの人との関わり方です。ロンドン留学時代に人種差別にあった時も、高知に移住されて地元の人とお仕事されている現在も、安藤さんの周りには、愛のある人の輪ができていますよね。どうしたら、そんな風に愛のある人間関係を築けますか?
安藤さん「大切なのはひとつだけで、素直になること!って気づきました。 謙虚であることももちろんだけど、それは素直さがベースにあってのことだと思う。本来、素直っていう言葉は、自分の“素”にまっ直ぐって書くでしょう。人は生きていれば時々、ぶれたり流されたりもするけど、そんな時は、自分の素に立ち返ればいい。本来の自分は何を思い、何を伝えたかったのかを思い出して大切にするんです。日頃から自分に素直になることを心がけていれば、人と向き合った時も自然体で『ありがとう』も『ごめんなさい』も『大好きだよ』も伝えられるようになる。子供だちをお手本にしています」
――安藤さんは、様々な人と仲がいいですよね。高知県で出会った面白いおじさんとか、子育て仲間とか。世代や環境や価値観の全く違う人たちとも正直に楽しく付き合えていますよね。
安藤さん「たしかに、ほぼ全ジャンルの友人がいるかも。人間もジャンル分けされがちな社会ですけど、映画監督の視点に立つと全ての人が主人公になるので、いつも興味津々です。だからかな?」
――映画監督の視点……ですか?
安藤さん「この世界の主人公は自分だけではなく、草木や塵ひとつとっても、全ての存在が主人公になれるのが映画の世界。そうやって見れば、意見がまったく違う人や嫌いだなって感じる人にも、何だか興味が湧いて、愛おしさすら感じる。反発して抵抗するより、『何でこんな発言するんだろう?』とか、探求心が出てくる。それを意識したのは、映画『0.5ミリ』の制作時に認知症の方々の施設に取材に行った時のこと。年齢を重ねて認知症になると、みなさん自分らしさも感情も突出してくるんですよ。常に怒っていたり、泣いている方もいたりする。最初は何故そうなのかわからなかったけど、その人を知りたくて交流を続けていたら、怒りとか、感情の奥には必ず理由があることがわかったんです」
――人にはそれぞれの理由があると。
安藤さん「そう。ものすごい悪役にも必ず理由がある。その理由や背景を探求して描くことが映画やドラマを創ることだと思うんです。この視点は、普段の人間関係でも活かされていると思います。それから、自分が母親になってからは、“人類皆、赤ちゃんだったんだ!”という視点も開きました(笑)。ふんぞり返っている上司も、赤ちゃんの頃は泣いたり笑ったり、愛おしかったんだなって想像すると自然と頬がゆるむ(笑)。年配の人も年下世代の子も、みんな最初は同じ尊い命なんですよね」
――たしかに、そうですね。
安藤さん「やっぱり、“ぜんぶ愛”なんだなと。すべての人も物も、愛から生まれたはず。それに気づいたら、また、たくさんの愛に出合えたし、自由で素直な自分にもなれました」
安藤さん「うれしいです! “愛”って言葉は巨大でとっても強い言葉だから、タイトルに使うのには少し勇気が必要でした。今の時代、愛や優しさが表現しにくい時もあるかもしれません。だからこそ、絶対に変わらないことをタイトルに込めたかった。装丁の絵も描かせて頂いたんですが、何も頭で考えずに筆を進めたら、自然とたくさんの色や形が出てきて、最初に描いた真ん中には変わらない大切なものがあって、それをたくさんの色が包んでいるようなイメージが浮びました」
――本書で印象的だったことのひとつは、安藤さんの人との関わり方です。ロンドン留学時代に人種差別にあった時も、高知に移住されて地元の人とお仕事されている現在も、安藤さんの周りには、愛のある人の輪ができていますよね。どうしたら、そんな風に愛のある人間関係を築けますか?
安藤さん「大切なのはひとつだけで、素直になること!って気づきました。 謙虚であることももちろんだけど、それは素直さがベースにあってのことだと思う。本来、素直っていう言葉は、自分の“素”にまっ直ぐって書くでしょう。人は生きていれば時々、ぶれたり流されたりもするけど、そんな時は、自分の素に立ち返ればいい。本来の自分は何を思い、何を伝えたかったのかを思い出して大切にするんです。日頃から自分に素直になることを心がけていれば、人と向き合った時も自然体で『ありがとう』も『ごめんなさい』も『大好きだよ』も伝えられるようになる。子供だちをお手本にしています」
――安藤さんは、様々な人と仲がいいですよね。高知県で出会った面白いおじさんとか、子育て仲間とか。世代や環境や価値観の全く違う人たちとも正直に楽しく付き合えていますよね。
安藤さん「たしかに、ほぼ全ジャンルの友人がいるかも。人間もジャンル分けされがちな社会ですけど、映画監督の視点に立つと全ての人が主人公になるので、いつも興味津々です。だからかな?」
――映画監督の視点……ですか?
安藤さん「この世界の主人公は自分だけではなく、草木や塵ひとつとっても、全ての存在が主人公になれるのが映画の世界。そうやって見れば、意見がまったく違う人や嫌いだなって感じる人にも、何だか興味が湧いて、愛おしさすら感じる。反発して抵抗するより、『何でこんな発言するんだろう?』とか、探求心が出てくる。それを意識したのは、映画『0.5ミリ』の制作時に認知症の方々の施設に取材に行った時のこと。年齢を重ねて認知症になると、みなさん自分らしさも感情も突出してくるんですよ。常に怒っていたり、泣いている方もいたりする。最初は何故そうなのかわからなかったけど、その人を知りたくて交流を続けていたら、怒りとか、感情の奥には必ず理由があることがわかったんです」
――人にはそれぞれの理由があると。
安藤さん「そう。ものすごい悪役にも必ず理由がある。その理由や背景を探求して描くことが映画やドラマを創ることだと思うんです。この視点は、普段の人間関係でも活かされていると思います。それから、自分が母親になってからは、“人類皆、赤ちゃんだったんだ!”という視点も開きました(笑)。ふんぞり返っている上司も、赤ちゃんの頃は泣いたり笑ったり、愛おしかったんだなって想像すると自然と頬がゆるむ(笑)。年配の人も年下世代の子も、みんな最初は同じ尊い命なんですよね」
――たしかに、そうですね。
安藤さん「やっぱり、“ぜんぶ愛”なんだなと。すべての人も物も、愛から生まれたはず。それに気づいたら、また、たくさんの愛に出合えたし、自由で素直な自分にもなれました」
「自分の視点や立ち位置次第で、ふっと心は軽くなる」
――愛を知って自由になれた?
安藤さん「はい。若い頃に苦しんでいた、親の七光りとか差別とかに対するコンプレックスも自然と消えていきました。これって、結局、自分の立ち位置だけの問題だったんだって気がつきました」
――立ち位置の問題……ですか。
安藤さん「どこに立って世界や物事を見るかで、景色はガラリと変化する。 いろんな価値観があって対立も絶えない世の中だけど、『私は私、あなたはあなた』という分断思考でいるから、戦いや差別やコンプレックスが生まれるんだと思う。ホントは、『みんな繋がっていて、すべてはひとつ! 共鳴・共感している』って思った瞬間、生きていくポジションが変わる。例えば、高知で野菜の生産者さんたちと話をしていると、自然は本来すべて繋がっていることが実感できるし、もっと大きく俯瞰で見たら、草花や木々だけじゃない。コンクリートにだって太陽の光は注がれていて、時間も止まることがないように世界の何もかも途切れることはないんです」
――人間もみんな繋がっている。
安藤さん「繋がっていないという意識を持っているのは、人間だけじゃないかな。孤独とか不安とか死にたいとか、生きていればいろんな感情がわいてくるけど、それって自分だけの感情じゃないはず。この世界で、そんな風に感じている人がどれだけいることか! 繋がっているって信じて、そっち側に立つと、『私だけが辛い』ではなくて、『この辛さはみんなも感じているものだ』に変化する。
繋がっている意識だと、そこには安心感も生まれて、自分の心が癒されたら、他の誰かの心も癒されることになる。すると、すべての出来事も、人や物や感情も愛しくなってくる」
――なるほど。みんな根っこは同じだと思えたら、誰かと比べたりもしないし、差別やコンプレックスも消えますよね。
安藤さん「差別やコンプレックスだって多くの人が抱いている感情だからね。差別して人を傷つける人と、差別されて傷つく人がいるという二極化の世界にいたら、戦いは終わらない。命そのものを見たら『ぜんぶ愛。』なんだと思うんです」
インタビューは【後編】に続きます。
安藤さん「はい。若い頃に苦しんでいた、親の七光りとか差別とかに対するコンプレックスも自然と消えていきました。これって、結局、自分の立ち位置だけの問題だったんだって気がつきました」
――立ち位置の問題……ですか。
安藤さん「どこに立って世界や物事を見るかで、景色はガラリと変化する。 いろんな価値観があって対立も絶えない世の中だけど、『私は私、あなたはあなた』という分断思考でいるから、戦いや差別やコンプレックスが生まれるんだと思う。ホントは、『みんな繋がっていて、すべてはひとつ! 共鳴・共感している』って思った瞬間、生きていくポジションが変わる。例えば、高知で野菜の生産者さんたちと話をしていると、自然は本来すべて繋がっていることが実感できるし、もっと大きく俯瞰で見たら、草花や木々だけじゃない。コンクリートにだって太陽の光は注がれていて、時間も止まることがないように世界の何もかも途切れることはないんです」
――人間もみんな繋がっている。
安藤さん「繋がっていないという意識を持っているのは、人間だけじゃないかな。孤独とか不安とか死にたいとか、生きていればいろんな感情がわいてくるけど、それって自分だけの感情じゃないはず。この世界で、そんな風に感じている人がどれだけいることか! 繋がっているって信じて、そっち側に立つと、『私だけが辛い』ではなくて、『この辛さはみんなも感じているものだ』に変化する。
繋がっている意識だと、そこには安心感も生まれて、自分の心が癒されたら、他の誰かの心も癒されることになる。すると、すべての出来事も、人や物や感情も愛しくなってくる」
――なるほど。みんな根っこは同じだと思えたら、誰かと比べたりもしないし、差別やコンプレックスも消えますよね。
安藤さん「差別やコンプレックスだって多くの人が抱いている感情だからね。差別して人を傷つける人と、差別されて傷つく人がいるという二極化の世界にいたら、戦いは終わらない。命そのものを見たら『ぜんぶ愛。』なんだと思うんです」
インタビューは【後編】に続きます。
あんどう・ももこ●映画監督。1982年、東京都生まれ。ロンドン大学芸術学部卒。高校時代にイギリスに留学、大学卒業後、ニューヨークで映画作りを学び、2010年『カケラ』で映画監督デビュー。2011年、小説『0.5ミリ』(幻冬舎)を出版。同作を自ら映画化し、多数の賞を受賞。2014年、高知県へ移住。結婚・出産・離婚も経験。現在は、ミニシアター「キネマM」の代表を務めるほか、子供たちが笑顔の未来を描く異業種チーム「わっしょい!」では、農・食・教育・芸術などの体験を通し、全ての命に、優しい活動にも愛を注いでいる。父は俳優で映画監督の奥田瑛二さん、母はエッセイストでコメンテーターの安藤和津さん、妹は女優の安藤サクラさん。
エッセイ『ぜんぶ 愛。』
コンプレックスに悩んだ思春期にイギリス留学したことから、映画のロケで訪れた高知県に3秒で移住を決めた話、さらには子育て、映画や生活の話……etc. 自身の半生を振り返りながらも、人生で出会ったすべてのものへのあふれんばかりの愛を綴られている。まるで、冒険映画のような、読み手の心を揺り動かすエッセイ集。(集英社インターナショナル/¥1650)
撮影/藤澤由加 ヘア&メイク/星野加奈子 取材・文/芳麗 構成/芹澤美希(MORE)