兼近大樹インタビュー「優しさとの距離感。」

芸人を目指し上京する時からずっと「いつか小説を書きたい、書くんだ」と思っていた。その夢を見事に叶えた彼が初の小説『むき出し』にこめた思い。少し照れながら、やわらかいまなざしで語ってくれた、優しさのカタチと美学。

2022年MORE1月号掲載企画から、インタビュー記事をお届けします。
EXIT兼近大樹

【プロフィール】Daiki Kanechika

かねちか・だいき●1991年5月11日、北海道生まれ。人気お笑いコンビ「EXIT」として活動中の漫才師。ニュース番組のMC、音楽活動など、型にはまらぬ表現はいつも話題の的

『むき出し』兼近大樹 著

兼近大樹 著『むき出し』
主人公「石山」に大きな影響をもたらした人々との出会い、そして成長してから自らの過去をどう受け入れるか、その過程が鮮烈な言葉で描かれている。(文藝春秋¥1760)

本と兼近大樹。

兼近「子供の頃はとにかく活字が嫌いで。読むのは絵で楽しめるマンガだけ。僕、大人になるまで本をまともに読んだことがなかったんですよ」

そう語る兼近さんが本を読み始めたのは二十歳を超えてから。読書の魅力を教えてくれたのが、又吉直樹さんの『第2図書係補佐』だった。

兼近「作品を通して又吉さん自身のこともつづる、エッセイであり書評本のような一冊なんですけど。僕はこの作品に“本の読み方”や“本の楽しみ方”を教えてもらったんですよ。目の前でキャラクターが動くマンガは読み方が固定されているけれど、小説は自分の想像力で世界が広がる、自由に読み方を決めることができる。その面白さに夢中になって、そこからいろんな本を読みました。それこそ、ミステリー小説から自己啓発本まで。周りから“なんだそれ?”って言われるようなものまで手当たり次第に読みましたからね(笑)」

芸人になり小説を書く。それが僕の夢だった

生まれ育った北海道を飛び出して上京したのは、本と出合ってから間もない頃。当時の夢は「お笑い芸人になって小説を書くこと」だった。

兼近「僕の読書の歴史が又吉さんの作品からスタートしているっていうのが大きいと思うんですけど。あの頃は面白い人が本を書くのが当たり前だと思っていたんですよ。でも、それは決して当たり前でなく、それどころか、芸人がお笑い以外のことをしようとすると世間の風当たりは強くなるっていう。そんな現実を知ったのは東京に出てきてからなんです」

それでも「いつか小説を書きたい」という思いが消えることはなかった。その夢を叶えるべく執筆した小説『むき出し』。大きな話題を呼んでいる今作の構想も7〜8年前からすでに練っていたそうだ。

兼近「吉本の養成所に入った時には“いつか世に出ることができたら、これを書きたい”とずっと思っていました。ただ、頭の中に構想はあっても、それを文章にする技術がなくて。本格的に書き始めたのは2年前、又吉さん経由で『文藝春秋』の編集さんを紹介してもらってからなんです」

自分の中からあふれ出る言葉をスマホに打ち込んだ、記念すべき初稿は原稿用紙500枚分もあったとか。

兼近「って言うと、スゲー大作みたいに聞こえると思うんですけど、内容はメチャクチャで(笑)。それこそ、文章をまともに書いたのは小学生以来、卒業作文みたいなのを書いたのが最後。そこから、いきなり小説を書き始めたので。編集さんに句読点の打ち方から教えてもらう、みたいな(笑)。そんな“ほぼ家庭教師生活”を送りながら、今まで読んだ小説を“書く”視点で読み返して研究したり、執筆だけでなく勉強込みの約2年間。それはもう、気が遠くなるような作業でしたからね(笑)」

幼い頃から感じていた目に見えない“階層”

作中には兼近さんの遊びが詰まったギミックやこだわりが。それについて語りだすと、次から次へと止まることなく言葉が飛び出す。その姿からは「大変だった」と言いつつも楽しんで書いたことが伝わってくる。

兼近「小説『むき出し』は主人公・石山の成長を描いた物語なんですけど。執筆作業の過程でリアルに僕自身も成長させていただきました(笑)」

そう笑う兼近さんに今作のテーマを尋ねるとこんな言葉が返ってきた。

兼近「本に出合う前の僕は“線引き”をしていたと思うんです。たとえば、この人は真面目に生きている人、この人はお金持ちの家に生まれた人とか。それこそ、漢字もまともに読めないオレが小説を書いている人とつながるわけがないって思っていたしね。でも、本を読むと、生まれ育った環境や年齢や国籍が違っても“同じことを考えているんだ”という共感に出合ったりするんですよね」

兼近さんが書きたかったのもそんな線引きされた世界について。

兼近「僕がイメージしたのは“階層”なんです。自分が生きている世界が3階だとしたら、その上には何十も何百もの階があって、見下ろす人もいれば見上げる人もいる。上から“元気?”と手を振ってもそこには確実に段差があって、誰かがハシゴをかけない限り別の階に行くことはできない。僕たちはいくつもの階層で隔たれた巨大なビルの中で生きている、それは子供の頃からずっと感じていたこと。そう感じたのはきっと、僕自身が裕福じゃない家庭で育ったのも大きいんだと思う。なんとなく、周りの友達に合わせることはできるけど、育てられ方や身につけている武器、話す内容が違う……。巨大なビル全体のルールはあるものの、その階層ごとにまたルールや正義が変わってくる。それを伝えたくて、階層と階層をつなげるハシゴになりたくて、自分が今いる場所が世界のすべてでないことを知ってほしくて、僕はこの小説を書いたんだと思う」

考え想像することが世界を変える一歩になる

EXIT兼近大樹
兼近さん自身“本”というハシゴを通じていろんな階層をのぞき見て、さまざまな価値観や考えに触れながら自分の世界を広げてきた。今作も「誰かのそんな一冊になれたら」と語る。

兼近「この作品の受け止め方は人それぞれだと思うんです。あくまでも小説という創作物ではあるものの、主人公の石山に僕を重ねて読む人もいると思う。そこで“最低だな”とか“クソだな”とか思ってもらっても全然いいんです。何かを考えるきっかけになったら、読んだ人の中に思考のカケラを残すことができたら、僕は大成功だと思っているので」

大事なのは考えること。「それが世界を変える小さな一歩になると思う」と兼近さんは言葉を続ける。

兼近「学校に通っているとひとりはいたと思うんですよ。“なんだコイツ”っていう友達が。それを“嫌い”“苦手”“知らねーよ”で終わらせることもできるけど、そうじゃなくて、“この子はなんでこうなんだろう”と想像する力を子供の頃から学ぶことができたら……。オレ、めちゃくちゃ世界が優しくなると思うんです」

その優しさもまた、今作を通して兼近さんが届けたかったもの。

兼近「たとえば、世の中で悲しい事件が起きたとする。すると、事実だけを伝える報道を見た人たちは“こんな人間にならなくてよかった”とか“こいつの友達もヤバいんだろうな”とか、加害者やその周りにいる人たちまで攻撃してしまうことがある。そこに至るまでのストーリーを知ったら、その背景に触れたら、今口にしている言葉は変わってくるかもしれないのに。特に今はSNSという匿名でできるツールがあるから。同じように、遠くにいる人から近くにいる人に対してまで、心ない言葉を投げかけてしまうこともある。まだ起きてもいない未来に不安を抱いたり、見えない人の心を勝手に決めつけて悩んだり、考えてもしかたのないことを妄想する力はやたら豊かなのに。目の前にいる人のこと、目の前にある世界のこと、ちゃんと向きあうべき今を想像する大切な力がすごく足りない気がするんですよ」

気づかれない優しさで世の中はできている

インタビュー中、兼近さんが何度も口にした“優しさ”という言葉。

兼近「優しさっていろんなカタチがあると思うんですけど。僕個人が大切にしているのは“気づかれない優しさ”なんです。たとえば、電車で席に座らずに立っている。すると、それを見つけた人はラッキーとあいてる席に座ることができる。誰もそれを僕が意図してやっているとは気づかないけれど誰かを幸せにすることができる、そんな距離感の優しさが僕は好きで。意外と社会の仕組みも同じだと思うんですよ。子供が無邪気に日々過ごせるのは、大人たちが子供が幸せに生きるための基盤をつくってくれているから。当たり前だと思っているものは誰かの努力や優しさでできていたりする。思春期には“こんな世の中はクソだ”とか言いがちだけど、その世の中だって先人や大人のひとりひとりが歯車になってつくり上げてくれたものですからね」

優しさが足りない現代。でも「優しくなくてイヤだなとか、優しくなれとか、そういうことは思わないようにしている」と兼近さんは言う。

兼近「それはオレ個人のエゴでしかないから。自分の定規で世の中を測るのは想像力が足りないし優しくないですよね。だから、この本も考えるきっかけになったらいいなとは思っているけど“優しくなれ”とは言いたくないんですよ。本を読んで“優しくなりたい”と思った人に何かアドバイスするなら? それはもう、そう考えた時点で優しくなれていますよね。道、たどっていますよね。アドバイスではなくオレは“おめでとう”と言いたい。あなたはもうなりたい自分になれていますよって!!」
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撮影/吉田 崇 ヘア&メイク/KOKI NOGUCHI(TRON) スタイリスト/庄 将司 取材・原文/石井美輪 構成・企画/芹澤美希(MORE)