最近発売された話題の本や永遠に愛される名作などから、キーワードに沿った2冊のイチ押し&3冊のおすすめBOOKをご紹介します。

【今月のキーワード】“生活”を描いて生まれる文学

登場人物に、《他人の苦しみがよくわかるなどと言う人間はみんな阿呆だ》と語らせる作家がいる。1936年に始まり2004年に幕を閉じる生涯で76の短編だけを遺し、長い間“知る人ぞ知る”作家の枠の内にとどまっていたアメリカ人作家、ルシア・ベルリン。その死から10年を経て“再発見”された傑作の数々から、翻訳家の岸本佐知子が選んで訳した24編が『掃除婦のための手引き書——ルシア・ベルリン作品集』にまとめられた。掃除婦、電話交換手、看護師、教師などの職につきながら各地を転々とし、孫、娘、姉、妻、母として生き、アルコール依存症になり、いく度も死を想い、作家にもなった。属性をくるりくるりと変えていく24編の語り手は、すべて作家自身。痛みと貧しさ、美しさと笑い、幸せな結婚生活とシングルマザーの苦労。そのすべてが作家の人生のリアルとして書きつけられる。それでも《その日その日のリズムと形にゆったり身をまかせ》て生きた作家の力が、ユーモア、せつなさ、無力感に疎外感、いくつもの感情を呼び起こす。文字が声になって読み手の心を揺らす。

【イチ押しBOOK1】ルシア・ベルリン〈訳〉岸本佐知子『掃除婦のための手引き書』

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雨にぬれた地面や排気ガスの匂い。タバコの味に血の感触。少女の笑い声もお酒を飲み込むのどの音もコインランドリーの静けさも。波瀾万丈という4文字では表せないほど、いくつもの人生を生きた作家の言葉が心に刺さる。(講談社 ¥2200)

【イチ押しBOOK2】春日武彦『猫と偶然』

犬派から猫派への転向は突然に。ニューヨークの書店で、本の上でまどろむ猫を目に、《猫と書物とは良く似合う》と気づいた瞬間にそれは起こった。人間の思惑とは切り離された、偶然性の高い猫という生き物と暮らし、心をもてあそばれたり、慰められたりするのは精神科医の春日武彦先生。日常が、文学や映画、演劇や絵画までもが、連想によってつながっていく。ゆっくりと揺れるさざ波のような時間に身を浸す、悦楽のエッセイ集。
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梅崎春生、海野十三、別役実、ボルヘス、ラヴクラフトにマグリットまで。猫を入口に語られる文学や映画、アートの数々。奇想と跳躍、黒いエピソードはちょっぴり少なめ。春日武彦ワールドへの入門にもぴったりな一冊。(作品社 ¥1800)

『神前酔狂宴』『キャット・パーソン』『ぎんちゃんとわたし』【オススメBOOKはこの3冊】

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『神前酔狂宴』/古谷田奈月
結婚式場という《幻事業の幻製造サイド》を舞台に、虚飾と違和感と快感とユーモアが入り混じりつつ物語は進む。歴史、平成、家族、愛と友情。スピード感のある文章に乗っかって真理の気配を探しにいく。(河出書房新社 ¥1600) 
看護師、教師、シングルマザー…作家の人生の画像_4
『キャット・パーソン』/クリステン・ルーペニアン 〈訳〉鈴木 潤
全米のSNSでバズった表題作をはじめ、人の欲望のその先を描いて、読み手の心をざわめかせる12編。《世界は見せかけよりもずっとおもしろい》し、人の心は黒くて、弱くて、恋もして、ときどきスパークする。(集英社 ¥2100)
看護師、教師、シングルマザー…作家の人生の画像_5
『ぎんちゃんとわたし』/大山美鈴
ぎんちゃんは猫。頭をゴチンとぶつけたり、遊んだり、体のあちこちをくっつけて一緒に眠ったり。《あったかくて重くてちかい》毎日のやりとりを、猫のしぐさや表情の可愛さを、こまやかに描いたエッセイ漫画。(幻冬舎 ¥1200) 
原文/鳥澤 光