うざったいのに愛おしい! 笑えるのにせつない! 父と娘の不器用な愛に泣く『ありがとう、トニ・エルドマン』

血のつながった濃密な関係性だからこそ、いらだったり、呆れたり、素直になれなくてケンカしたり……。親子関係は様々な映画の題材になっている鉄板のテーマですが、今回紹介するのは母と娘ほど親密でもなく、愛しているけど接し方がわからない、微妙な距離感のある父と娘の物語。しかも、娘は自立した生活を送るキャリアウーマンという設定なので、働くモア世代にはグサグサと刺さるエピソードが満載です。ヒロインは故郷のドイツを離れ、ルーマニアのブカレストでコンサルタントとして働くイネス。忙しいためなかなか実家に帰る機会もないのですが、ストレスをためている娘を心配し、悪ふざけが好きな父ヴィンフリートがブカレストを訪れることに。

突然の訪問に驚きながらもなんとか数日を一緒に過ごして乗り切ったイネス。ところがドイツへ帰国したはずの父親が、全く似合わない長髪のカツラと入れ歯を装着し、トニ・エルドマンという別人になりきって現れてしまうのです。女子会に偶然を装って登場してナンパしてきたり、職場に侵入したり、とにかく神出鬼没。仕事で結果を残そうと奮闘し、スタイリッシュなスーツに身を包み、気を張りつめて異国で生きているイネスにとって、父の恥ずかしすぎる謎の振る舞いはとにかく迷惑。イライラを隠せず爆発してしまいます。

ただし不思議なことに、厳しい態度と強い言葉で突き放せば突き放すほど、深く傷つくのは娘のイネスのほう。不器用すぎる行動が愛情表現だとわかっているからこそ、しょんぼりと肩を落として去っていく父の後ろ姿に、猛烈な後悔を抱いてしまうのです。仕事にも恋にも人生にも全力で向き合ってきたはずなのに、いつの間にかあらゆる鎧を身に着けていたことを知るイネス。破天荒すぎる父の荒療治によって、いかに素っ裸の自分に戻ることができるのかに注目です。ずっとふざけ倒していた父が娘に贈るラストシーンのメッセージは必見。じんわり胸が熱くなり、家族に会いたくなるはずです。

(文/松山梢)

●6/24〜シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
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