最近発売された話題の本や永遠に愛される名作などから、キーワードに沿った2冊のイチ押し&3冊のおすすめBOOKをご紹介します。

【今月のキーワード】散らばった記憶を引っぱり出す

私たちが生きる時間は途切れず連続している(はずだ)けれど、記憶というのはどうやら違う。断片的で、にじんだり影に隠れたり曖昧だったりもする。幼い頃の想い出ともなると時とともに薄まっていくし、いつの間にやら人や自分の言葉と結合して変形もする。取り出すたびに違う色を放つことだってある。『オブジェクタム』は、そんな記憶を引っぱり出す装置のような小説だ。幼少期を過ごした町を訪れた語り手が、草むらで見つけた小さな紙片、小学校の帰り道に読んだ壁新聞、秘密基地、手品師、移動遊園地、幼稚園児が詰まったバス、虹を生む石とガラクタのオブジェ。想い出をたどって進むその道筋はクリアで透明で、でもずっしりとした質感を持っている。緻密な言葉の連なりにこちらの目の解像度がどんどん高められて、同じ目が自分の内側にも向かうから、次から次へと想い出が流れ出てくる。ストーリーを追うよりも、その中へ沈み込むような読み心地が最高に気持ちいい。雨雲の向こう側から太陽が近づいてくるような、白々とした明るさに満ちた美しい小説が誕生した。

【イチ押しBOOK1】高山羽根子さんの『オブジェクタム』

高山羽根子,オブジェクタム
故郷を訪れた語り手が、記憶をたぐり、スマホと図書館を頼り、探り当てるのは誰かの記憶か謎の答えか? 現在と過去を同時に存在させる凄技をさらりと読ませる表題作に加え、2編を収める。(朝日新聞出版 ¥1300)

【イチ押しBOOK2】赤羽末吉さんの 『おおきな おおきなおいも』

記憶と一緒に引っぱり出されたのは『おおきな おおきな おいも』という一冊の絵本。雨が降っていも掘り遠足に行けなくなった子供たちが、どんどんどんどん紙をつないで描いた大きないもは、船になり、恐竜になり、天ぷらや焼きいもや大学いもになって現れる。さつまいも色の赤紫と黒、2色で描かれたシンプルな絵と文字が、不思議というものがどんどんふくらんでいく楽しさを、その不思議が生活と地続きだった感覚を思い出させてくれる。
赤羽末吉,おおきな おおきな おいも
幼稚園のいも掘りが延期になり、子供の心が自由に動きだす。土の中から見知った野菜が出てくる驚き、爪に土が入り込む感覚。おならで打ち上げられる宇宙旅行への憧れ。時間を飛び越えて、楽しく読める名作。(福音館書店 ¥1200)

【ほかにもあります★オススメBOOKをご紹介】

村田沙耶香,地球星人
『地球星人』/  村田沙耶香さん

地球という星での繁栄のために、人間を生産することを求められる世界。《私はたぶん、この家のゴミ箱なのだ》と感じながら、それでも生きるために魔法を使い、体を取り戻すための戦いに挑んでいく少女の物語。(新潮社 ¥1600)
三浦しをん,愛なき世界
『愛なき世界』 / 三浦しをんさん

 T大赤門近くの洋食店で働く藤丸陽太が恋する相手は、大学院生の本村紗英。でも、本村には愛を捧げる相手=シロイヌナズナがいた。植物学研究に没頭する彼女への想いが通じる日は果たして来るのか? (中央公論新社 ¥1600)
中村明日美子,王国物語
『王国物語』① / 中村明日美子さん

同じ顔をした弟と兄、家督を継ぐ者と継がない者。微細に描き込まれた耽美な絵柄に、悲しみを内に隠した静かな言葉に、スリリングに展開する物語によって、遠い異国へと連れ去られる。幻想的な短編マンガ集。(集英社 ¥650)


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MORE2018年12月号・さらに詳しい情報は雑誌MOREをチェック! 原文/鳥澤 光
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