憧れの先輩に聞く、“私が選んだ今とこれから” 

鈴木亜美さん42歳「年を重ねることがどんどん楽しくなっています」

鈴木亜美さん

ニット¥22000・パンツ¥29700/ともにダブルスタンダードクロージング(フィルム) 靴¥6900/R&E渋谷109店 ピアス¥6123/ポルトッカ(ロードス) ネックレス¥173800/ボロン(ロードス) ブレスレット¥45320/マー(ロードス) 左手リング¥2750/シースキー(ロードス) 右手リング¥17050/マー(ロードス)

15歳の時、小室哲哉氏プロデュースの『love the island』でCDデビューし、あっという間にトップアーティストへの階段をかけ上がった鈴木亜美さん。これまでの人生を振り返り、ずっと変わらないキラキラした笑顔で「今がいちばん楽しい!」と語ってくれました。

大好きな『ASAYAN』に映りたくて、15歳の時にオーディションを受けました

バラエティー番組『ASAYAN』の“ヴォーカリストオーディションファイナル”で1位になって、歌手デビューが決まったのが15歳の時。当時、『ASAYAN』の放送があった翌日は学校で友だちとその話しかしないくらい、めちゃくちゃ流行っていた番組だったんですよね。私は歌うことこそ好きだったけど、歌手になんて絶対なれるわけがないと思っていたから、その夢は親しい2~3人の友達にしか打ち明けていませんでした。だけど、オーディション当日、その中のひとりが「亜美! ファイナルなんだから行っとかないと!」って誘ってくれて。私には1コ上にものすごく厳しい兄がいて、もし何か悪いことをしたら兄がすぐお母さんに話してしまうという状況だったので、その時兄も所属していた陸上部の練習をサボって東京に行くなんてありえないことだったんです。でも、もしかしたら大好きな『ASAYAN』に一瞬でも映れるかもしれない――。そんな期待に胸をふくらませて、家族には内緒で、放課後友だちと一緒に電車に飛び乗りました。移動中の車内では、教室で適当に撮った写真をセロハンテープで履歴書に貼って、「ここの欄、なんて書けばいいの?」なんて盛り上がりながら。その履歴書の写真のことは、今でも小室(哲哉)さんから「本当になめてたよね」ってネタにされています(笑)。

鈴木亜美さん

デビューが決まった途端、ものすごいプレッシャーと戦う日々

オーディションの最終電話投票審査で1位に選ばれたあとにプロデューサーが小室さんだとわかった時は、小室ファミリーの曲が好きでずっと聴いてきたからこそ「私も絶対に売れなきゃダメなんだ」っていう、ものすごいプレッシャーが襲いかかってきました。だから、これからは大人たちの言うことをちゃんと聞いて、頑張らなきゃいけないんだって。そして始まったのが、徹底した“鈴木亜美”のイメージづくり。衣装は、可愛いワンピースにぺたんこのサンダル。普段もどこで誰が見ているかわからないからという理由で、自分でメイクやネイルをすることもアクセサリーをつけることも禁止されていたんです。世の中はギャルブーム全盛期で、友達はみんな濃いアイメイクをして髪を染めていたので、「もっとおしゃれしたいな」と「私は仕事に生きるんだ」っていう気持ちの間で葛藤しながら、プレッシャーと戦っていました。

そんな日々を過ごしながらデビュー1年後にリリースした『BE TOGETHER』で初めてオリコン初登場1位になった時は、「やった!」よりも「よかった……」っていうホッとした気持ちのほうが大きかったですね。お母さんとは「学生生活をちゃんと終えてから仕事に専念する」っていう約束をしていたので、仕事を始めてからも学校には毎日行って、テストも受けていました。仕事と学校の両立は大変だったけど、テレビをつければ自分が歌っていて、コンビニに行けば自分が表紙の雑誌が並んでいる。すごいことを経験させてもらっているんだなっていう自覚は常にあったから、走り続けることができたのかなと思います。それに、自分の置かれている立場をどこか冷静に客観視していたところがあって、「今の状況は持って3年くらいかな」と感じていたので、たくさんの人が自分のことを見てくれている期間はやるべきことをやりきろうって決めていたんです。

10代の頃の鈴木亜美さん

10代の頃

10代の頃の鈴木亜美さん

10代の頃

20代は、やりたいことをこれでもかっていうくらいやりつくせばいい

求められたものに応えることに必死だった10代を経て、20代はそれまでプロデュースしてもらっていたものを全部自分でやりたいという自我が芽生えた時期でした。思い描いたものを形にして届ける作業は本当に大変だったけど、そのぶんすごく楽しかったんですよね。新たにダンスミュージックに挑戦し始めて、曲をプロデュースしてもらった中田ヤスタカくんのイベントにシークレットゲストとして参加したことも。そこで、彼のDJ姿を見て、めちゃくちゃカッコいいと思ったことは20代の大きな転機でした。私もあんなふうに自分で自分の曲を流してプロモーションしたい。そうビビッときて、知り合いの方にレッスンをしてもらって、最終的には自分で女の子のDJを集めてプロデュースしたイベントをアジアやロサンゼルスでも開催できるようになっていきました。

20代は、仕事で自分と周りの同年代を比べてモヤモヤしたり、悩みがあったりして当たり前。でも、30代に入ると一気に年下が増えてきて、おのずと教える立場になるんです。全員が全員そうではないと思うけど、私の場合は急にお母さんやお姉さんになった気分で、若い子たちを「可愛いな~」「おしゃれだな~」って認められるようになると同時に、人として丸くなっていったんですよね。30代は、絶対ラクになる。だから、20代のうちはやりたいことをこれでもかっていうくらいやりつくせばいいと思います。

鈴木亜美さん

3人の子どもたちから、日々たくさんのパワーをもらっています

やりきったと思えたDJの仕事から離れたあとは、人生で初めてやりたいことが見つからなくて、30歳を過ぎてから2年くらいはあまり何もしない時期が続きました。昼間はジムでトレーニングしてストレスを発散して、夜は毎日同じバーに行ってお酒を飲みながらママと語り合う……みたいな生活でしたからね(笑)。その結果、「よし! 来年こそは頑張ろう!」って気合が入ったのが、33歳の年末。女友達ふたりと訪れたシンガポールで今の旦那に声をかけられて、すぐにつき合うことになったんです。彼は、いつもニコニコしていて思いやりがあって、長く剣道を続けていたこともあって礼儀正しくて、何より見た目がカッコよかった(笑)。そして、出会った翌年、私のデビュー日の7月1日に入籍しました。

 結婚して、もうすぐ8年。現在は、3人の子どものお母さんです。子どもたちと過ごしていると、自分自身も発言やしぐさが子どもに戻るんですよね。一緒にバカもするし、笑わせようと変顔もする。そういうところは、バラエティー番組に出た時にもいい感じでいかせているかなと思います。私が出演した番組を見た子どもが「今日可愛かったよ」って言ってくれると、「キレイでいなきゃ!」って気持ちが引き締まりますしね。子どもからは、本当にたくさんのパワーをもらっています。

鈴木亜美さん

40代の今はすごくラクになった

42歳になった今は、年を重ねることがどんどん楽しくなっています。楽屋ではシワとかほうれい線の話ばっかりしているけど、そういうことをかくさなくていいのも、笑い話にできるのも、すごくラク。人間味が出てきたというか、ちゃんと生きているんだなって感じられるんです。今後の話も少しだけさせてもらうと、自分だけじゃなくて、人のためになる何かを始めることは実現させたい計画のひとつ。日本は国民の10人にひとりが80歳以上になったというニュースも耳にしているので、たとえば「お買い物に行きづらいお年寄りが多く住んでいる団地の敷地内でお惣菜を作って販売したらどうだろう?」とか……。芸能の仕事とは別に、社会に貢献できる活動を形にしていけたらと考えているところです。

あの頃の私へ、伝えたいこと

「それでいいんだよ、間違ってなかったよ」

目に見える形で結果が出ていた10代の頃と比べると、20代はDJをしていてもお芝居をしていても限界を超えて頑張ることでしか手応えを感じられなかったんです。苦しくて、つらかったけど、その経験があったから今は自分のペースで物事を進めることができている。だから、「それでいいんだよ、間違ってなかったよ」って言ってあげたいです。

鈴木亜美さん18歳の頃

18歳のころ●SEVENTEEN 2000年3月1日号 撮影/福田秀世

17歳の頃の鈴木亜美さん

17歳の頃 SEVENTEEN 1999年11月1日号・撮影/城石裕幸 

17歳の頃の鈴木亜美さん

17歳の頃 SEVENTEEN 1999年11月1日号・撮影/奥村恵子

Ami's 42years

15歳 『ASAYAN』(テレビ東京)のボーカリストオーディションで
    電話投票1位となり小室哲哉氏プロデュースでデビュー

   『love the island』でCDデビュー、「あみ〜ゴ」の愛称で人気を集める
   『alone in my room』、『all night long』、『white key』と立て
    続けにヒットを飛ばす

16歳 写真集『AmiGo』を発売
   ファーストアルバム『SA』が約250万枚の大ヒット
   7thシングル『BE TOGETHER』が87万枚のヒットとなり
   『第50回NHK紅白歌合戦』に初出場

   テレビドラマやミュージカルなど俳優業でも活躍

25歳 DJとしての活動をスタート

34歳 結婚、第一子出産

37歳 第二子出産

38歳 YouTubeチャンネル『あみーゴV』を開設し
   作詞を手がけたオリジナル楽曲『Drip』を発表

39歳 第三子出産
   11年ぶりのワンマンライブを開催

鈴木亜美

すずき・あみ●1982年2月9日生まれ、神奈川県出身。昨年デビュー25周年を迎え、4月6日からは全国5都市で『鈴木亜美&後藤真希 25th Anniversary Talk Show ~鈴木と後藤のふたり旅~』を開催。自身のYouTubeチャンネル『鈴木亜美のあみーゴTV』に投稿する子育てや料理、激辛チャレンジ動画が話題に。オフィシャルサイト■https://avex.jp/ami/

撮影/森脇裕介 ヘア&メイク/yumiko(Lila)スタイリスト/豊島優子 取材・原文/吉川由希子

Information
全国5都市10公演をまわるトークショーツアー
『鈴木亜美&後藤真希 25th Anniversary Talk Show 〜鈴木と後藤のふたり旅〜』開催決定!一般チケット販売中 詳細は公式HPをチェック!

鈴木亜美&後藤真希 25th Anniversary Talk Show 〜鈴木と後藤のふたり旅〜

<mu-mo TICKET>
http://r.y-tickets.jp/suzukiamigotomaki2401
<イープラス>
https://eplus.jp/suzukiamigotomaki/
<ローソンチケット>
https://l-tike.com/amimaki/
<チケットぴあ>
https://w.pia.jp/t/ami-maki-25/