【牡羊座】哲学派占い師SUGARさんの12星座占い<9/5~9/18> 月のパッセージ ー新月はクラい、満月はエモいー

12星座全体の運勢

「こじらせた私との和解と解放」 

前回の9月7日のおとめ座新月のテーマは「プライドの置きどころ」でした。そして9月23日の「秋分」の直前には、9月21日にうお座28度(数えで29度)で満月が形成されていきます。 

そんな7日のおとめ座新月から21日のうお座満月までの期間をあえてテーマ化するとすれば、それは「かつて否定した自分自身との和解」ということになるのだと言えるかも知れません。 

長期化したコロナのもたらす深い沈鬱のなかで、私たちはいつしか以前はごく当たり前に肯定していた衝動や実感を我慢したり、殺したり、埋めていくことを余儀なくされるようになっていました。しかし、今回の満月ではそうしてかつて自分のなかで抑え込んだり、なかったことにしていた個人的実感や衝動をみだりに否定せず、あらためて受け入れた上で、いかにそれが自分にとって大切で、切り離せないものであるかを洞察していくという流れが、自然に起きていきやすいのだと言えます。 

満月というのは、自分の中に潜在していた思いや願いにスポットライトが当たっていきやすいタイミングですが、今回は「そうそう、こういう変なところも自分なんだよね」とか、「他人と比べて苦しんできたけど、これも自分なのかも知れない」といったように、どこかでプライドをこじらせ、長いあいだ囚われていた考えから少しだけ解放されていくことができるはず。 

その意味で今期は、自分の中の、どんな部分を否定して影にしてきたのか、あらためて思いを巡らせてみるといいでしょう。 

牡羊座(おひつじ座)

今期のおひつじ座のキーワードは、「合理的な説明が不可能な領域」。

牡羊座のイラスト
かつて日本では山にも川にも、いたるところに神様の存在を感じながら、人びとは暮らしていました。神様はどこか遠くではなく、ごく身近なところに存在していたのであり、明治の終わり頃に岩手県遠野地方に伝わる伝承を聞き書き形式で柳田國男がまとめた『遠野物語』には、実際にそうした古い神々が人びとの生活習慣のなかにどれだけ生き生きと残っていたのかが伝えられています。 
 
本書の題目では、神々は「里の神」「家の神」「山の神」に分類されており、特に「山の神」は出産を司ったり、豊かさとも結びつくありがたい神さまである一方で、下手をすると祟られて命を取られるような恐ろしい怪物でもあるような、きわめて両義的な存在だったようです。 
 
後者の側面に関しては、ある特定の日にちや時間帯、ないし特定の場所に山の神が出やすいとされ、sどれには特に気をつけなければならないという畏敬の念を人びとは持っていました。以下のお話は、当時の人たちのそんな気持ちの在り様がよく表わされています。 
 
一〇二 正月十五日の晩を小正月と云う。宵の程は子供等福の神と称して四五人群を作り、袋を持ちて人の家に行き、明けの方から福の神が舞い込んだと唱えて餅をもらう習慣あり。宵を過ぐれば此晩に限り人々決して戸の外に出ずることなし。小正月の夜半過ぎは山の神出でて遊ぶと言い伝えてあれば也。山口の字丸木立(まるこだち)におまさと云う今三十五六の女、まだ十二三の年のことなり。如何なるわけにてか唯一人にて福の神に出で、処々をあるきて遅くなり、淋しき路を帰りしに、向の方より丈の高き男来てすれちがいたり。顔はすてきに赤く眼はかがやきけり。袋を捨てて逃げ帰り大いに煩いたりと云えり。」 
 
後に柳田國男は、春に山の神が里へ降りてきて田の神になり、秋には田の神が里を離れて山の神になるという循環モデルを提示して合理化していきましたが、『遠野物語』にはそうした“合理的な説明”が当てはまらないような神々が、ふだんの日常世界と地続きの場所にいくらでも転がっていたのです。 
 
その点、今期のおひつじ座もまた、そうした合理的な説明が不可能な領域をどれだけ自分の日常や人生に持ち込めるかどうかが問われていくように思います。 


参考:柳田國男『遠野物語・山の人生』(岩波文庫) 
<プロフィール>
應義塾大学哲学科卒。卒業後は某ベンチャーにて営業職を経て、現在西洋占星術師として活躍。英国占星術協会所属。古代哲学の研究を基礎とし、独自にカスタマイズした緻密かつ論理的なリーディングが持ち味。

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