ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』

がんばったのにまだ週の半分……。ため息が出そうな水曜日のあなたを解放するエッセイ連載。

vol.11 サード・プレイス活動のススメ

ブレイディみかこさん連載『心を溶かす、水曜日』

20代~30代のMORE読者世代の方々の座談会でしばしば話題に上る、というか、ほとんどその話しかしてないのではないかと思ってしまうのが「人間関係」の問題である。そもそも「愚痴ってください」という仕切りでやっている座談会だから、その大半がその話になるということは、MORE読者世代の女性たちが抱える悩みの筆頭なのだろう。

たとえば、Sさんは20代の社員がいない職場で働くつらさを話す。何しろ、世間話をしようにも年代が違うため共通の話題がない。若手がほかにいないので物申す機会も与えられない。「職場での人間関係については、半年ぐらいで諦めました。基本、言われたことをやるだけです」とSさんは言う。「本当はおしゃべりなのに、職場では静かです」と笑っていた。

Oさんは、婚約者の家族との関係に不安を感じている。とてもいい家族で絆が強いだけに、Oさんにもまったく同じようにすることが求められているようで「ちょっときつい」というのだ。「結束が固いので何かあると全員集まるのが当たり前になっているのですが、たとえばお正月なんかは、私は自分の実家にも帰りたい。限られた日数のお休みしかないのに……」と、Oさんはいまから結婚後の人間関係を想像して心配している。

大まかに整理すれば、彼女たちの人間関係の悩みは、職場の人と、家族や恋人との関係の2つに分けることができる。「それを話せる人は誰かいるの?」と尋ねると、出席者たちの多くは「職場での愚痴は同僚に、恋愛や日常の愚痴は学生時代からの友人に話している」と言っていた。「あの部長さ〜」と言っても、その部長の特性を知っている人がいるのといないのでは共感の度合いも違ってくるから同僚のほうが話しやすいし、同僚たちとは、家族や恋愛の赤裸々な話をするほど深い関係ではない。

こうして同僚や学生時代の友人を使い分け人間関係の悩みを話している出席者たちも、なんだかそれだけではいつものメンツに喋っているだけで、自分の世界はどんどん狭くなっているような気がするそうだ。「社会人になってから、会社の外で友だちをつくるのって難しいですよね」とこぼした人もいた。

だが、ここでSさんが言った。

「私は社会人になってから友だちができました。『推し活』を通じて知り合った仲間です」

会社では無口で言われたことだけやっているSさんも、推し活では旅行を企画したりして楽しそうだ。Sさんは、「もうひとつの場」を生活の中に確保しているのだ。これはいわゆる「サード・プレイス」である。つまり、職場でも家でもない、第三の居場所。

「サード・プレイス」とは、レイ・オルデンバーグという米国の都市社会学者が使った概念だ。そこでは、人は職場や家での役割から解放され、一個人になれるのだという。人々は、必要や義務からではなく、自らの心に従って、進んでその場に向かうのだそうで、常連が集まるイギリスのパブなんかもそのひとつだろう。これは何も物理的な「場所」だけの話ではないと思う。人間関係にも第三の居場所があっていい。MORE読者世代のみなさんで言うならば、職場でも学生時代の友人でもない、第三の人間関係。「いつもの役割」から解放されて自由にふるまえる場だ。

相変わらずの人間関係にうんざりしてきた水曜日。あなたなりの「サ活」(サード・プレイス活動)を始めてみたらどうだろう。Sさんのように「推し活」仲間をつくることでもいいし、街の本屋さんの常連になってみるとか、興味のある分野のボランティアを探してみるのもいい。対等で、能動的で、嫌になったらいつでも外れられる居場所を持つことは、あなたにこれまでとは違う人づきあいの新しいあり方を見せてくれるだろう。閉塞した生活に風穴をあけるのは、いつだって第三の何かなのだ。

PROFILE

ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数

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イラスト/Aki Ishibashi ※MORE2023年7月号掲載