2023年MORE11月号掲載企画から、インタビュー記事をお届けします。

あのちゃんインタビュー

あの●9月4日生まれ。2020年9月より「ano」名義でのソロ音楽活動を開始し、2022年4月にメジャーデビュー。『ちゅ、多様性。』や『スマイルあげない』が大ヒット。自身を中心に組んだバンド「I’s」でも活動中。タレント、俳優、モデルとしてもマルチに活躍している

自分を見失うくらいなら、しんどいことからは目を背けたっていいと思う

唯一無二の個性で注目を集めるミュージシャン・あのさんが映画『鯨の骨』で演じたのは、AR(拡張現実)アプリの世界でカリスマ的な人気を誇る明日香という少女。つかめそうでつかめない、だからもっと知りたくなる。作品全編を通して明日香が放つ空気感は、あのさんが持つそれと、とてもよく似ている。

あのさん「明日香はアプリの中に自分の映像を残すけど、ぼくも視聴者やファンの人にとっては画面の向こう側の存在だったりする。見た人の数だけ生まれる“あのちゃん像”に、ずっと戸惑いながら生きてきたんです。そう考えると、明日香は遠い存在ではない気がして、親近感がわいたというか。ぼくが演じる意味がそこにあるのかもしれないと思って、オファーを受けさせていただきました」

そうして明日香と向きあい始めたものの、役づくりの期間を「マイナスからのスタートだった」と振り返る。

あのさん「そもそも人の目を見るのが苦手なので、まず一緒に演技をする落合(モトキ)さんと目を合わせられるように矯正するところから始まったんです。普段は挙動も落ち着きがないから、ビシッと気をつけして動かないのもムズくて……。ぼくの話し方は相手に届く前に言葉が落ちてしまうようなところがあって、そこも監督から細かく指示を受けました」

自己を表現する音楽活動の場とは正反対の日々。だからこそ、気づけたことも多かったそう。

あのさん「誰かになりきってその人の人生に入っていくことで、自分との違いを感じて、ぼく自身が見えてきたりもする。だから、撮影中はちゃんと演技してるのに、深海に浮かんでいるような浮遊感がありました。監督から“明日香を演じている最中に書いてほしい”というオーダーを受けてつくった主題歌『鯨の骨』の歌詞やメロディも、そういう不思議な感覚の中で生まれたものです」

インタビュー中に印象的だったのは、時折時間をかけながら自分の言葉で考えや気持ちを丁寧に伝えようとする姿。あのさんが自分らしくいられる秘訣とは。

あのさん「精神的にしんどいことからは逃げる。ぼくにとって、“本当の感情にウソをついているんじゃないか”と思うことって、めちゃくちゃしんどいんです。つらさや苦しさを我慢してでも頑張んなきゃいけない社会なのかもしれないけど、それで自分を見失うくらいだったら、ぼくはそこから目を背けて、やりたいことに向かって全力で突き進みたい。自分らしく生きたうえでのしんどさなら、きっと乗り越えられると思うから」

映画『鯨の骨』

映画『鯨の骨』キービジュアル

©2023『鯨の骨』製作委員会

結婚間近だった恋人と破局し、マッチングアプリで女子高生と出会った間宮(落合モトキ)。ところが、彼女は間宮の家で自殺してしまう。ある日、ARアプリで死んだ女子高生そっくりの少女・明日香(あの)を発見した間宮は、現実と幻想の境目を見失っていく。●10/13〜全国公開

撮影/久野美怜(SIGNO) ヘア&メイク/出口夕紀 スタイリスト/神田百実 取材・原文/吉川由希子 ※MORE2023年11月号掲載