これまで数々のタイトルを獲得しながら、羽生結弦はシニアへ移行した2011年の中国杯以来、グランプリ(GP)シリーズシーズン初戦では勝利を手にできずにいる。ショートプログラム(SP)2位からの逆転優勝を狙った今シーズンのロステレコム杯でも、残念ながらそのジンクスを打ち破ることができなかった。

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ロシア杯で2位も大技4回転ルッツを成功させた羽生結弦

 フリーでの羽生の演技の最大の焦点は、試合で初めて挑戦する4回転ルッツだった。朝の公式練習では、以前に3回転ルッツが不調だった時のような回転軸が斜めになる傾向が見えて不安を感じさせたものの、曲かけ練習では尻が落ちる着氷ながらも耐えていた。  本番では軸の方向を修正したジャンプを見せ、着氷でやや姿勢が崩れたもののGOE(出来ばえ点)1・14点をもらい見事に成功。次の4回転ループは踏み切りにズレが出て3回転になってしまうミスが出たが、続く3回転フリップをしっかり決めると、そのあとのステップシークエンスは冷静さの目立つ滑りをして立て直したかに見えた。 

 だが、後半最初のジャンプの4回転サルコウは重心が落ちてしまう着氷になり連続ジャンプにできず、そこからスピードが落ちた滑りになる。その後、3連続ジャンプにする予だった4回転トーループはパンクをして2回転になってしまった。    公式練習での出来を見て、ルッツ以外はそうそうミスしないはずと思われた4回転ジャンプでのミス。それについて、演技後に羽生は苦笑しながらこう説明した。 「ループに関しては、やはりルッツとの兼ね合いがうまく取れていなかったです。集中の案配というか、そこをうまく調整しなければいけないなと思いました。もちろん4回転ルッツを跳べるようになって4回転ループの確率は格段に上がりました。僕の場合、難易度順に近い形で徐々にステップアップしていくタイプなので、ルッツが跳べるようになったことでループもだいぶハマりやすくなりました。ただ、難しいジャンプにばかり手をつけていると、他のジャンプにちょっと影響が出てしまうということもあります」

 羽生は、4回転ジャンプの跳び方はそれぞれ違い、「すべてを跳び分けている」と言う。踏み切る瞬間に力を入れる部分や、そこに入るまでの体や心の準備、タイミングの取り方などはすべて別のものになっているようだ。だからこそ、いろいろなジャンプに同時に手をつけていると、少し混乱するような状態になることもあるという。

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悔しい結果となったが、次戦への意気込みを語った

「そういう面では、コントロールの仕方がまだまだなんだと思います。ここまでそうやってひとつひとつクリアしてきたわけですから、僕は少しずつしか成長できないのだと思います。オータムクラシックのように自分の中ではある程度簡単な構成でやった試合と、今回のようにほぼ全力の構成でやった試合を比較してみると、総合得点は今回の方がいいですが、ショートに関しては前の方がいい。ショートを前(オータムクラシック)の構成にしてフリーは今回の構成にすればいいのでは、と思う方もいるかもしれないですけど……。ただ、僕はこうやっていろんなことに挑みながら、緊張して本当に脚がグタグタになるまで滑ることができる幸福を感じながら今回の試合をやっていたんです」    羽生はそんな苦しい状態から、フリーの終盤は「絶対的な自信を持っている」と話していた4回転トーループとトリプルアクセルで立て直した。4回転トーループには4回転サルコウにつけられなかった3回転トーループをつけて連続ジャンプにし、トリプルアクセルには両手を上げる2回転トーループをつけてGOE加点1・86点。さらに、最後のトリプルアクセルもきっちり決め、その後のふたつのスピンはともにレベル4。コリオシークエンスはジャッジ9名中8名がGOEで満点の3点をつけた。    羽生の得点は、195・92点。この結果、ルッツを含めて4本の4回転ジャンプを成功させたネイサン・チェン(アメリカ)が、SPとフリーの合計293・79点で優勝。羽生は3・02点差の合計290・77点で2位となったが、フリーでは1位となり意地を見せた。

「やっぱり(4回転)ルッツを入れてやるのは大変だなと思います。今回の試合は全体的に、この構成での滑り込みがまだまだやり切れていないな、という感触がすごくありました。ただ、フリーに関していえば4回転が2本抜けたうえに、コンビネーションも2回だけと、大きなミスをしました。それにも関わらず(フリーで)1位を取れたのは、やっぱり(4回転)ルッツがあったからだと思っています。その意味でもミスが多かったショートの結果が最終的には響いてしまったし、もったいなかったなと思います」  SPは、昨季前半に入れていた4回転からの連続ジャンプを後半に入れたとはいえ、4回転ループも含めて昨季とほぼ変わらない構成のため、「成長できていない自分が悔しい」と羽生は言う。一方、フリーは今季から4回転ルッツを入れた構成で、気持ちの持ちようや集中の仕方、力のバランスの取り方など、まだまだ手探り状態のように見える。そう聞いてみると羽生は、「それが羽生なんです。すみません」と笑った。 「もっともっと練習を積み重ねる必要を感じました」と、次へ向けての決意を口にした羽生。今大会は悔しく、残念な結果ではあるが、これまでのシーズンで、開幕戦で勝利できなかった後は順調に調子を上げてタイトルを獲得しているだけに、初戦で優勝しなかったことは吉兆ともいえるのではないだろうか──。

取材・文/折山淑美 撮影/能登直 

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