感情に振り回されることなく、心地いい人間関係を築くコツは「共感」にあり! 将来に向き合い、不安を抱えやすいモア世代だからこそ知っておきたい、“今”に注意を向ける大切さについて。
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教えてくれたのは……

川野泰周さん

臨済宗建長寺派林香寺住職。RESM新横浜 睡眠・呼吸メディカルケアクリニック副院長。精神保健指定医、日本精神神経学会認定精神科専門医、医師会認定産業医。住職としての寺務の傍ら都内及び横浜市内のクリニック等で精神科診療にあたる。従来の療法に加えて、禅やマインドフルネスによる心理療法を積極的に導入している。『「精神科医の禅僧」が教える 心と身体の正しい休め方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書、共著多数。

読者からはこんな声が

「友人や同僚と話していても、新型コロナウイルスに対する価値観はさまざま。価値観の違いに振り回されず、いい距離感を保つには?」(28歳・教育)
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「同情」ではなく、サマライズによる「共感」を

川野:マインドフルネスでは、感情的な反応がトラブルの根源になっていると考えます。自分をニュートラルな状態に保つことで、周囲の感情に振り回されることがぐっと少なくなると思いますよ。

MORE:感情的な反応というと、ハッピーな感情も?

川野:じつは、ハッピーな感情に引き込まれてテンションが乱高下すると、結果的に感情の波に翻弄されて悩みの種になってしまう方が多いんです。誰に対してもブレずに対応するには、まず自分の感情を客観的に見ることが必要。そのためには、心の幹と書く「心幹(しんかん)」を養うことが重要だと思います。

MORE:心幹とはどういうものでしょう?

川野心理学的でいうところの「自我」、つまり自分の軸が、安定した状態で形成されていることを指します。心幹は時間をかけて作られてきたものですから、今日明日で変わるものではありません。マインドフルネスを実践しながら、年単位でじっくりと構築していく必要があります。

MORE:まさに人生設計と同じですね。では、コミュニケーションにおいて自分をニュートラルに保つコツはありますか?

川野話の聞き方がポイントになってくると思いますね。私はよく「マインドフルリスニング」と表現しますが、「事実」に目を向けて話を聞く、ということです。たとえば、「朝8時発の電車に乗り遅れた」という話をされたとします。さらに「電車が先にいっちゃうから悪いんだ」、「ダイヤ管理がなってない」と言い出したら、そこから先は相手が「妄想」に入っている可能性があります。この場合の妄想とは、「勝手な思い込み」という意味です。

MORE「事実」と「妄想(思い込み)」を振り分けながら聞くということですね。

川野心の中でカウンセラーや精神分析医になったような気持ちで、「電車が悪いと結論づけて、怒っているんだな」、「自分は悪くないと自己防衛をしているんだな」と分析しながら聞いてみるといいですね。もちろん、間違ってもその分析結果を口に出してはいけません(笑)。

MORE:分析したら、どんな風に返せばいいんでしょう?

川野:「ギリギリのところで電車が行ってしまって、それは悔しい思いをされましたね」と状況をまとめてあげましょう。感情的になっている人の話は断片的だったり、結論を見失ったり、非常にまとまりを欠いた状態になっていますから、それを文章として構造化してあげる。これを「サマライズ(要約)」といいます。事実だけを言葉にしてまとめて伝えることで、相手のネガティブな感情がピークアウトするんです。

MOREアドバイスしたり励ますのではなく、まとめて整理したことを言葉にするだけでもいいんですね。

川野:その通りです。感情的な発言は、メタ認知(自分や他者の心理的状況を客観的に観察すること)ができていないサインです。相手のメタ認知を手伝ってあげることで一緒に感情を俯瞰することになるので、相手はハッと我に返るんですね。

MORE:こちらは否定も肯定もしなくていいんですね。

川野:はい。自分の解釈を含める必要はありません。たとえ最終的には相手に考えを改めてもらいたいという目標があっても、最初は相手の話をまとめるだけの方がその後のコミュニケーションもスムーズですし、納得してもらいやすいですね。

読者からはこんな声も

「『Aさんがマスクを外してた』『Bさんは距離が近い』と、ことあるごとに愚痴る職場の先輩。そのたびに同意を求められて困っています」(27歳・金融)
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MORE:サマライズで事実をまとめて伝えるというお話がありましたが、相手から同意を求められた場合はどうすれば?

川野これもサマライズが基本です。例えば「先輩の立場だと、そう感じて当然かもしれませんね」と伝えることで「私はあなたとは違う立場なのですが」と暗に伝えているわけです。これが「同情」と「共感」の大きな違いです。

MORE:その違いについて詳しく教えてください。

川野:同情というのは、相手に成り代わって怒ったり喜んだりすること。心理学の言葉では「同一化」と言います。一方の共感は、相手がそういう気持ちになってしまう状況を、サマライズして理解している状態です。実は、「私も腹が立ってきました」と相手の話を同情的に聞いてしまうと、相手のネガティブな感情はかえって増幅することが知られています。ところが、共感的に傾聴すると「そこまで腹を立てることでもなかったかな」と相手が冷静になることも珍しくありません。

MORE:100%同意するのはリスキーなんですね。

川野「彼女なら分かってくれる」という先入観が生まれて、依存的な心理が生ずる可能性もあります。そうなると、同意されなかった時に「いつも分かってくれていた君が、なぜそんなことを言うんだ」と怒りが生まれるんです。
MORE:サマライズするかどうかで、かなり結果が変わりますね。

川野:そうなんです。私が大切にしている、ある心理学者の言葉があります。それは、「最高の傾聴とは、注意という贈り物を話し手に与えることである」。私はあなたに注意を向けていますよ、ということが伝わると、相手は少し気持ちが楽になるといわれています。

MORE:最後に、モア世代へのメッセージをいただけますか。

川野:モア世代の方は、ちょうど人生設計を本格的に考える時期ですよね。月収やキャリア、結婚や家族、恋人など、常に頭の片隅に将来への希望や不安が渦巻いている方が非常に多いと思います。だからこそ、“今”に注意を向けることがすごく難しいんです。

MORE:マルチタスクは脳が疲弊するというお話もありました。

川野自分の心と向き合う習慣を身につけて、心のモードを上手に切り替えられれば心の体力にも余裕が生まれます。ゆとりある心理状態からは、よりポジティブな発想が湧きやすくなります。マインドフルネスに限らず、自分の心と向き合うさまざまな手段を知っていただくのは、とても前向きなことなのではないでしょうか。
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禅僧であり精神科医でもある川野さんが、禅やマインドフルネスの考え方を取り入れた「心」や「脳」を休める正しい方法を紹介。41種類の中から自分に合った休息法を知って、セルフマネジメント力を高めて。¥1650/ディスカヴァー・トゥエンティワン
取材・文/国分美由紀