ブレイディみかこ『心を溶かす、水曜日』

がんばったのにまだ週の半分……。ため息が出そうな水曜日のあなたを解放するエッセイ連載。

vol.02 真面目にすり減らされないために

ブレイディみかこさん連載『心を溶かす、水曜日』
いま執筆中の小説で、主人公の女性が在英日系企業の上司から、採用面接に同席してほしいと頼まれる話を書いた。その男性上司は、面接に来た女性たちに「未婚か既婚か」「子どもはいるか」「これからつくる予定はあるか」などの質問をしたいが、男性がそんなことを聞くといろいろまずいので、女性である主人公に聞かせるというエピソードだ。

原稿を読んだ編集者は「いまどき、こんな会社ありますかね?」と首をひねった。でも、小説は10年ぐらい前の設定だし、「あったことにしよう」と押し切ったのだったが、MORE読者世代のみなさんとオンラインでお話ししたときに、まるで同じ話を聞かされて驚いた。

このような面接を体験したのは就職活動中のBさんだ。希望する職種には転勤の可能性もあるそうで、既婚者のBさんに対し、「お子さんのご予定は?」「お子さんができたらどうするのですか?」という質問が出たという。何だか嫌な胸騒ぎを感じ、Bさんに尋ねた。「その質問をしたのは男性ですか?」と。するとBさんはきっぱりと答えた。

「女性です」

シスターフッド流行りの昨今だが、現実の社会にはそれに逆行するような出来事が往々にして起きるから、女性の連帯というやつは難しい。

さらにCさんはこんな話を聞かせてくれた。配偶者のお母さんがめちゃくちゃ働き者で、ササッと何でも完璧にこなすので疲労困憊するらしい。「この程度はあなたもやんなきゃね」みたいな無言の圧が強くてきついというのだ。「そのお母さんは専業主婦だから完璧にできるんでしょ。仕事もしているCさんは違うよね」と憶測で物を言うと、Cさんは首を振った。

「いえ、それが……、私と同じ看護師の仕事をしているんです」

BさんとCさんの話を聞いていると、ある共通点が存在することに気づいた。

真面目さの罪、とでも言えばいいだろうか。例えばBさんの面接で「お子さんは……」と聞いてきた女性。その質問のまずさは、おそらくその女性もわかっている。それでもやってしまうのは、上司に頼まれたからで、部下は上司の言うことを聞くものだからだ。さらに、その質問をしたほうが会社のためになると思っている可能性もある。彼女は部下として、社員として果たすべき役割をきっちり果たしているのだ。

Cさんの義母も真面目な人だ。だから手抜きが許せない。職場でも家庭でもシャカシャカ完璧に働き続けて、今日までそれで来られたのだから、エネルギーに満ちた人だろう。その力の源は与えられた役割をしっかり果たすことへの情熱だ。

役割至上主義、みたいなものが日本にはあるよね、と言ったのは日本在住経験者の英国人の知人だった。職場や家庭で、上司の役割、部下の役割、妻の役割、夫の役割などをきちんと果たすことが美徳とされ、生身の人間よりも役割のほうを重要視するところがあると。

Bさんが面接で出会った女性にしても、部下としての役割を果たして上司に言われるまま男女の雇用機会の均等に反することをしていると、それは社内でのセクシズムを増長させることになり、いつか生身の自分にはね返ってくる。仕事も家事も完璧にこなして無言の圧を下の世代の女性に与えている女性たちだって、毎晩「いててて」と言いながら心に湿布を貼っているはずなのだ。

そもそも、役割って誰が作ったものだろう? ただ「そうすることになっているから」という固定観念に真面目に支配され、自分も周りの人々もすり減らすことになっていないだろうか?

週の真ん中の水曜日が来たら、ガチガチに固まりかけた心に丁寧にオイルを塗って、役割の型枠から出して解放してあげよう。役割を果たすことが真面目で、自分を含めた人間を大事にすることが不真面目なら、人や社会をいまより幸福にできるのは後者に間違いないのだから。

PROFILE

ブレイディみかこ●英国・ブライトン在住のライター、コラムニスト。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数
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イラスト/Aki Ishibashi 構成・企画/渡辺真衣(MORE)